顔の見えない100万人ではなく顔の見える100人を笑顔にしたい人の話
立花 拓也という人
ライターという立場上、数多くの人に会ってきた。大企業の経営者、有名企業の重鎮にも会ってきたが、その中に個人的に尊敬し、敬愛する人物がいる。立花 拓也氏。1984年に青森県三沢市に生まれ、現在は株式会社ヘプタゴンを起業し、代表取締役社長を務めている。
私が初めて立花氏に会ったのは、2015年12月のことだった。当時私はアメリカ製のキャンピングカーに乗り、地方×ITの取材を趣味的に行なっていた。取材相手の縁をたどって、立花氏にたどりついたのだった。当時の立花氏は、JAWS-UGの全国代表という立場にいた。JAWS-UGとはAmazonが提供するクラウドサービスAWS(Amazon Web Services)の日本ユーザーグループであり、JAWSの響きからサメをトレードマークにして活動するユーザーの集まりだ。
地元、三沢に生きる
立花氏は東北大学を卒業後、仙台で職に就いた。仙台での仕事が安定してきた頃に起きたのが、東日本大震災だった。大きな被害を受けた岩手ほどではないにしろ、青森の太平洋側も痛手を負った。復興期に福島、岩手には手厚い補償があり、これをきっかけに成長を見せた面もあった。それに対して被害が目立たなかった青森は元通りに復旧されるにとどまったのだった。立花氏はこれに危機感を覚えたと言う。
「復興予算がつぎ込まれた県にくらべて、青森は立ち遅れるのでは……」
そう考えた立花氏は地元再興のため、仙台の職を離れて地元に戻り、起業した。目指したのは、地元から育った人材が地元で活躍できる企業だった。立花氏の出身地である青森県三沢市から大学に進学すると、ほとんどの人は地元に戻らないらしい。これは多くの地方都市にあることで、大卒の肩書きとその実績を活かせる企業が地方にはあまり存在しないためだ。立花氏はその考えを変えるべく、「地元でもかっこよく働ける企業がある」と示したかったのだと言う。自身が「ここにいては将来は明るくない」と思っていたのを、「ここにいてもこういう働き方ができるんだ」に変えていきたいと思ったのだ。そのために立花氏は自身が持つクラウドの知識を存分に活かし、地方でも戦える企業を目指した。
三沢のオフィスで会った立花氏がそんな話をしていたのが印象に残っている。
地方とクラウドとの相性は……?
地元に戻り起業した立花氏だが、はじめから順調だった訳ではないようだ。都会であれば、自社に構えたシステムをクラウド化するような案件もあるが、地方企業にはそもそも大がかりなシステムがない。地元企業に挨拶に行っても「サーバー屋って何してくれる人?」と言われてあしらわれたそうだ。起業当初は仙台時代の顧客を頼り、食いつないでいた。
のちに立花氏が語っているが、地方企業にはそもそもオンプレミスのサーバーがない。都会の企業はIT化→クラウド化というステップを踏んでいるが、そこに進むための第一歩が遅れていたのだった。オンプレミスのサーバーもない企業にクラウド化のメリットを説いても届きにくい。立花氏はクラウドの良さを広める活動から着手することにした。JAWS-UG青森支部を立ち上げたのも、そういった活動の一環だった。多くのJAWS-UG地方支部が県庁所在地で開催されることが多いのに対して、青森支部が青森市ではなく三沢市で多く開催されたのにはそういった背景による。
このような地道な活動を始めて数年後、立花氏はICDPという概念を発表する。ICDPとは、CDP(Cloud Design Pattern)を田舎に適用したもので、Inaka Cloud Design Patternの略称だ。元々サーバーを持たない地方企業がクラウドを活用するための成功パターンをまとめたものであり、地元に軸足を置きながらどのようにクラウドを活用すべきか考え抜いた末、生まれたものだった。オンプレミスのシステムをクラウドに移行するのではなく、システムがない状態からいきなりクラウドを導入してビジネスに成功するパターンの定義は、日本ローカルを超えて地域ローカルに根ざした考え方を具現化したものだった。考えるだけではなく実際に地元企業に最新技術を手投入し、AIを活用した成功事例などでヘプタゴンはAWSの国際的な事例に取り上げられるほどに成長していく。
立花氏がビジネスのグロースよりも重視したもの
地元企業の成功を支え、東北出身の人材を採用するなど大きな貢献を果たしてきたヘプタゴン。しかし立花氏はこれを自社だけで拡大していくつもりはないようだった。彼には地元の企業を成長させたいという思いが強くあったが、それを全部自分でできるとは考えていなかったのだ。
顔の見える相手だけを商売にしていても、企業としては成り立つだろう。実際、ヘプタゴンは右肩上がりの業績を上げている。しかし立花氏は、この成功を三沢だけではなく青森、ひいては東北の企業に広げたいとも願っていた。一見相反するこれらの願いを成り立たせるために立花氏が提唱したのが、「re:Light TOHOKU」だ。
re:Light TOHOKUで東北全体の企業のグロースを目指す
ときは2022年、大手企業はCCoE(Cloud Center of Excellence)を持つようになった。CCoEとはクラウド活用を推進するための専門集団で、部署を超えて企業のために役立つクラウド活用を提案する部門のこと。もちろんこのような部門を設けることができるのは大企業に限られるが、地域を企業に見立てて地域単位でCCoEの役割を果たすIT企業があれば、地方企業であってもクラウド活用を推進できるのではないかと立花氏は考えたのだった。
しかしヘプタゴンは大幅に事業を拡大するつもりはない。裾野を広げれば広げるほど顧客の顔が見えにくくなるからだ。このあたりは、事業拡大のジレンマでもあるだろう。そこで立花氏は、仲間を募ることにした。100人を笑顔にする仲間が100社集まれば1万人を、1万社集まれば100万人を笑顔にすることができる。しかも、それぞれの企業からは顔が見える100人だ。そういう仲間が集まれば、東北をクラウド先進地域にできると彼は考えたのだ。それを、AWSの文脈になぞらえて「re:Light TOHOKU」と名付けたのだった。
実際、地方のIT企業ではコードが書ける人材がいても、クラウドネイティブのアーキテクチャを描ける人材は少ない。そのような案件が少ないのだから仕方がないが、それではクラウド人材が育たない。クラウド人材が育たないから、クラウドの提案ができず、レガシーな案件ばかりになり、クラウド人材が育たない。鶏が先か卵が先かという議論はあるものの、これが多くの地方IT企業の実情だろう。これを打開するため、ヘプタゴンはre:Light TOHOKUを通じて実案件をベースにクラウドアーキテクチャを実践指導する。ハンズオンやセミナーで行なう架空の課題ではなく、実案件をベースにすることでエンジニアの成長を促すことに意味がある。
目指すのは東北地域全体のクラウド活用
立花氏がこうした活動に力を入れる最大の理由は、先にものべた通りより多くの人がクラウド技術の恩恵を得て笑顔になるため。そのためにAWSと協業してre:Light TOHOKUを提唱し、本来競合である地域のIT企業を仲間に引き入れてクラウド技術を伝播しようとしているのだ。
re:Light TOHOKUで得た知見を活かし、他の地域を巻き込んだ新たな取り組み「re:Light local」にも力を入れていると語った立花氏。三沢を背負って、青森県を超えて、全国の地方企業に活力を与えようと立ち上がる彼の姿に畏敬の念を禁じ得ない。
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