ペストの記憶



本書は、17世紀のロンドンで大流行したペストについて書かれた文学作品、ダニエル・デフォー著『ペストの記憶』を、個人の内面、市民生活、市民と行政、危機を記録することの4つの面から解き明かしたものである。

生命か、生計か?究極の選択

なかでも、市民生活にペストが与えた影響について解説された第2回の内容は、現在のコロナ禍においても共通の問題であり、我々がどうコロナ禍と向き合っていくべくか考える助けとなる。

それは、生命と生計どちらを優先すべきであるかという問題である。
本来、生命を守るために、生計を立てる必要があるが、コロナ禍においては、生計を立てるべく行動をすると生命が脅かされるというジレンマがある。また、自分自身は生計を優先し、経済活動をしたとしても、自粛ムードや消費行動の変化等、従来通りという訳にはいかないというのが現状だ。17世紀のロンドンでも同様の問題に直面しており、当然ではあるが答えを出すことはできていない。

 正解のない問いではあるが、そのとき個々人が向き合い考えたこと、行政の対応などについて、記録することは、将来の世代が同様の問題に向き合ったときの助けとなり、文学作品は文字だけで描かれたものであるからこそ、過去の記憶を喚起する力があるという著者の総括は腑に落ちた。

 先人たちが向き合っていたことと同様の問題に、現代の我々が頭を悩ましていることを知ることだけでも名著といわれる文学作品を読むことに意義はあると言える。
 そこから一歩進んで、今後の糧とするのであれば、答えの出ない問いに対して、自分の意見を持った結果生まれた生産性のない対立は、分断を生むだけであり、大切なことは相互の立場や考えを理解し、共通の敵に対して、協力をすることではないであろうか。
 ただし、バランスをとった結果中途半端な対応となり、利益をもたらすことなく損失のみ生まれてしまう可能性も大いにあるため、またこれも悩ましい問題である。