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#21 Save2.クリア報酬のないクエストVer.2

土曜日の夜。
ベッドに入って、ふと、思ってしまった。

―――私、今日、なにしてたんだろう・・・。

私は土日が必ずお休みである。
故に、夫と暮らすようになってからは、土日くらいはちゃんとご飯を作ってあげようと、出来るときはやっていた。
何なら、食材や日用品の買い出しや家の掃除には、私の休日である土日を充てていた。
夫は、仕事柄不定期な休日である上に、勤務時間も午後から深夜なので、休みの日と言っても、昼近くまで寝ていて、まず、買い出しや家の掃除などはほとんどしない。とはいえ、自分の分の洗濯や自室の掃除は自分でしてくれているし、私が食事の準備が出来ないと言うと、自分で何とかしてくれるので、そこは助かっているポイントであり、この3年ほどの間で、私達夫婦の生活リズムはうまく出来上がりかけていた。
ところが、ここに、降って湧いたような義母との急な同居、しかも食事の介助が必要という、私にとっては負荷が掛かりまくる事態に、夫は、いろいろと気にかけ、義母のことを看ている私に対して、感謝していると口では言うものの、ちっとも状況を分かっているとは思えない様子に、私は不安があったし、その不安は見事に不満へと昇華していった。

確かに、平日はデイサービスや宅食サービスをお願いするので、土日くらいは私が休みなので出来ることはやると言ったが、全部丸投げって、今までと何も変わらないし、それ自体がしんどいと言っていたのに、何も伝わっていなかったのだと思い知らされたのが、義母が帰宅して初の土曜日のことだった。
この日から月曜日までの3日間、夫は遅い夏休みをやっと分割とは言え取得できたこともあり、金曜日は飲んで帰ってきて遅かったので、昼過ぎくらいまで寝ていた。
もちろん、想定内だが、不安な気持ちの揺らぎからか、夫は飲んで帰れるけど、私はたぶん当面そんなこと出来ないんだな・・・と思って、夫のことをずるいなとも思った。
同じ金曜日の夜。夫は仕事で疲れた鬱憤を行きつけのBarで飲んで晴らしている頃、私は、明日のご飯のことを考えて、陰鬱としている。
義母は、朝昼晩と『薬を飲まなきゃいけないから、(決まった時間に)ご飯を食べなきゃいけない』という人なので、元から、私が朝、どんなにバタバタしていようとも、自分の分のご飯の準備が出来ているか否かが心配で、私の生活リズムなどは一切構わない。多少は、自分でやれることはやると動くようになったけれど、杖片手に、狭いキッチンの中を動かれるのは、正直、ちょっと怖い。
ならば、私がやるしかないのだけれど、夫はたぶん、そんな私の恐怖心は分からないし、考えたこともないだろう。
これで私が、なにも気づかない愚鈍な人間なら、はたまた、義母に自分で全部やれと打ち投げられるような性格ならば、あるいはまた違ったのかもしれないけれど、見て見ぬふりは出来ない性分なのだから、私がやれてしまうのならやるしかない。そこはもう、覚悟している。
けれど―――。
土曜日のこの日。
義母だけではなく、夫の食事のことも考えなければならないので、当然、朝から食材と日用品の買い出しの準備をしなくてはならなかった。
義母の朝食を準備して、食べた後を片付けて、買い物にグルっと回って、土曜日だったこともあり、交通量が多くて、気づくと昼過ぎになっていて、念の為、お昼用のお弁当を買って帰ったら、案の定、夫はお昼だというのに、自分がまだ必要ないと思ったのか、義母の食事の心配などしている風でもなく、私が買ってきたお弁当を食べ・・・お弁当はちらし寿司だったので、バタバタと即席のすまし汁を作って出したけど、別段、取り留めた様子もなく、親子でペロリと平らげて、私は私のご飯(ダイエット中なので、みんなと同じものは食べられない)を食べ終わると、義母と夫の食べた後も片付けて、そのまま、晩ご飯の下準備的に、スープ作って、掃除して、義母の洗濯物を洗濯して、ちょっとウトウトしたけど、すぐに夕方になって、晩ご飯の準備して、ご飯食べてもらって、後片づけして、明日の朝の食事の手順も考えて、夜寝室に入って、ふと———

私、なんだろ。
家政婦さんかなにかなの??

そんな風に思って、急激にみじめな気持ちになってしまって、たまらない気持ちになったのだった。
夫は、買い物から帰ってきて、お昼の準備もできた時、リビングに来たのを見た後は、ほとんど自室にいて、義母を構うどころか、私に対しても、晩ご飯どうするとか、何の気づかいも心遣いも感じられないどころ、晩ご飯も食べたら、食べた後をそのままにしていいかと聞いてきただけで、すぐに自室に籠ってしまって、どうして、夫だけ、今までと同じ生活リズムでいられるのか、その精神が本当に分からず、ただただみじめな気持ちになっていき———いつもなら、寝て起きれば、こういう気持ちは少しは薄れるはずが、日曜日も持続し続けていて、しかも、この日は、義母の買い物に出なければならなかったのだけれど、朝から義母は義母でいつものマイペースで、自分は動けないからという当然の事由により、買い物のため身支度をする私に向かって、追加注文をしてきて、頭では分かっていても、どうしても優しい気持ちになれず、前日からのモヤモヤも相まって、出掛けに、夫に向かって、かなりイヤな感じで、「お義母さんの買い物に行ってくる」とまるで啖呵を切るような言い方で出て行こうとして、さすがの夫もここで、やっと私の異変に気付いて、

「なに、なにか怒ってる?」

と、聞いてきたのだった。
しかも、その聞き方。
怒ってるかどうかだと?!!!
なんで、そんなことも分からないのかっ。

「怒ってるわけじゃない。ただ、分かってるのかなって思ってる」

夫からしたら禅問答のような私の回答に、一瞬苛立ちを見せたけれど、いつもの私なら躱せることも、この時は自分でも止められない情動で、まくしたてた。とはいえ、実際は声を荒げることもなかったし、声量は小さいかったけれど、心情的には、まくしたてた。

「私、あなたたちの家政婦さんじゃないからねっ」

夫はかなり慌てた。そのまま買い物に出て行こうとする私を引き留め、しばし玄関先で押し問答した。
昨日一日私がどんな気持ちだったのか、3度の食事の準備に始まって片付けも、何か一つでも気にしたのかと。
最初こそ、私の状況に苛立ち、「じゃあもうしなくていい。買い物も俺がいく」と言って怒気を見せたが、私はそれすらも跳ねのけた。

「言いたくなかった。こんなこと言うと、あなたがすぐそうやって不機嫌になるし、私がガマンすれば収まるんならって思ってたけど、私の気持ちなんて、言わなきゃわかんないだろうって思えてきたから、言った」

恐らくは、こんな風に理詰めで問い詰められるとも思ってなかったのだろう夫は、最初は「なんであのババアのために喧嘩しなきゃならないんだ」とかいうので、そういうことじゃないとピシャリと言ってやった。

義母を引き取り、一緒に暮らすということがどういうことなのか。
在宅介護になるにあたって、私は再三、不安で心配だと伝えてきた。
その一つが、夫が義母の面倒をほとんど見ないという事もあったのだ。介護にしろ育児にしろ、ワンオペで成立なんかしないのだ。
ましてや、私からしたら義親の介護など、途方もなく高いハードルを、それでも一緒に乗り越えようとしてくれるからこそ、一緒に在る意味があるのだと思うのに、義母にそこを求めても無駄なので、そこはせめて実子である夫が「協力」してくれなくては、どうにもならない。
夫にも言い分があるのは分かる。義母とはとにかく「合わない」のだ。合わな過ぎて、家にいる間は出来る限り「会いたくない」というのがモロに、自室ひきこもりに出ている。だが、その方法しか今は選択肢がなかったとは言え、義母を引き取ったはいいが、面倒を見ないのならば、それは一緒に在ることにはならないのだという、当たり前のことを何度も伝えてきたのに、そこが一番肝要なのに、そこを見ない夫にこそ、不安を覚え不満だった。

とりあえず、私の気持ちをほとんど一方的に吐き出し、夫からも「じゃあ俺はどうすればよかった」と聞かれても、そんなことは自分で考えろや!とは言わず、とにかく、感謝していると言われてもまるで私に伝わっていないという事だけを伝え、買い物に出て、私は少しクールダウンした。
その日。買い物から帰ってきた私に、夫はさすがに悪いと思ったのか、何度も私に向かって、「大丈夫?」と聞いてきたが、そんな聞き方されて「大丈夫じゃない」と答えたらどうするつもりなのだろうと思いながら、「う~ん」と生返事だけ返した。
そして、晩ご飯の準備も後片付けも、私がいつも通りやった。
翌朝の義母の食事の準備も、私がいつも通りやった。
夫は、晩ご飯の準備をしている私に向かって、「ありがとう」とつぶやいて、「明日の晩は俺が作ろうか!」と言ってきたので、「どうぞご自由に。ご自由にどうぞ」とだけ返しておいた。

多分、本質的な部分では、きっと理解していない。
それは義母もそうなのだけれど、義母はしょうがないと思っている。距離を保てば、まだ何とか接することができる。
だが、夫は違う。距離を保つにしろ、必要不可欠な物理的協力は、是が非でも確保しなくてはならない。それが出来なければ、同居在宅介護は無理だということなのだから―――。


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