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マンションにおけるポリシーについて(前編)

最近、読み物を読んでると全部仕事に絡めてしまいそうになるので病気な気がしてきたけれど、

これと、

この話をオマージュしてちょっとフロント目線も入れつつ…のフィクションです!

ちなみにわたしはなんちゃってタワマンもどきしか担当したことないので若干ウソ入ってたらすみません

side🦏

「このマンションを生かすも殺すも管理次第なんですよ!だいたいそんなところのお金削減して何になるっていうんですか!!」
「そういう話じゃないんですよ、この世の中何が起こるかわからない中で、このままではいけないって言ってるんです!」

これは戦場だな…と向かいに座る管理会社の担当者を見ると同じ顔をしていた。斉藤は集会室から見える中庭のオブジェを横目に考えた。
さて、この場をどう収めるか…

話は1カ月前に遡る。

斉藤の住むマンションは、とあるターミナル駅から各駅停車で45分、快速で30分、それなりに規模のある駅近くのマンションだ。総戸数は350世帯ほど。大規模修繕工事も終わり、築15年を過ぎてきた頃だ。

斉藤が買った頃に小さかった子どもたちも今や中学生や高校生。にもかかわらず、エントランスホールがSwitchをする小学生で埋め尽くされているのは、ひとえに中途購入者が絶えないことで、世代交代が進んでいるからであろう。

先々月、斉藤は10数年住んだマンションの理事会役員に選ばれたという通知を受けた。理事会の日は出張だったため、役職決めには、妻の瑶子が参加していた。

まさか、20人近くいる役員の中で理事長を引いて帰ってくるとは思わなかった。

当の本人は、あなたこういうの得意だからよかったじゃない、隣のご主人にも斉藤さんとこなら安心だって言われたわよ、とまんざらでもない様子だった。
まあ、くじ引きだし、いつか住んでればやらなきゃいけないからな、と思ってはいたものの、これは想定外の様子だった。

そもそも、この件は、とあるご意見から始まった。

A4のペーパーが管理室に届けられていました、と

役職決めをしていた総会前の理事会で、前期理事会から投書の紹介があった。今期は検討出来ないので、来期に引き継ぎたいと、前の理事長は話していた。

「当マンションは、近隣に比べて管理費が高いと思われます。もう少し改善の余地があると思います。

-クリスマスイルミネーションやめる
-エントランスの暖房は弱める
-ゲストルームは平日料金を下げる
-掃除の頻度を減らす

こうした対策を次期理事会でぜひ検討していただけないでしょうか。」

これを見た営繕委員とイベント委員が激昂した。その中でも、声高に意見を述べたのが猪田さんだった。

「だいたい、マンションっていうのは管理が全てなんですよ!!!私はね、建物作ってるからわかるけど、建物はただの箱、人が住んでるからマンションなんですよ!だから人が快適に暮らせる建物、それがマンションの理想でしょう!何を言ってるのか、私にはさっぱり理解出来ないですね!」

熱く語る猪田さんの主張を聞きながら、斉藤は考えた。うちのマンションの価値ってなんだろうか?


side🐗

猪田は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。猪田には管理組合運営がわからぬ。田中は、地元の工務店の親方である。職人を束ね、自らも現場に出て暮して来た。けれども管理費削減に対しては、人一倍に敏感であった。

…とでも書けそうなほど、猪田は怒りに燃えていた。
猪田は、このマンションの営繕担当理事を10年に亘り引き受けてきた。最初は、輪番で回ってきた役員だったものの、仕事柄修繕関係の見積を確認したり、現場を見たりしていたら、理事会から残ってほしいと言われ早10年。どんな時も管理組合のため、このマンションのために自分が出来ることならなんでもしようと思ってやってきた。そりゃ、300世帯を超える人間が住んでいるのだ、中には変わった人やルールを守らない人もいるだろう。それでも猪田はこのマンションを愛していたし、自分はずっと住み続けるのだぞ、よいマンションにしていくぞ、という気持ちでいた。
その為には、みんながWIN-WINでないといけない。管理組合内はもちろん、管理会社ともいい関係を築き、地域の戸建の町会にも参加している。どれもこれも、マンションをよくするためだ。
猪田は、自分が工務店を経営しているから、マンションという建物は立地は変えられないものの、如何様にも変わっていくものだと認識していた。マンションは生き物だ。いい人間が住むことで生き生きする。猪田は、古くなっても活気あるマンションをいくつも見てきた。人が丁寧に管理すれば、コンクリートは50年どころか80年も100年も持つ。

そんな猪田の前に出てきた、一枚の投書。

クリスマスイルミネーションをやめろ?あのイルミネーションは、子育て世代しか盛り上がらない祭りだけだったマンションのイベントをマンション全体で楽しむために、一昨年のイベント担当が四苦八苦して考え出したものだ。今ではマンションの一大イベントになっている。

エントランスの暖房??あんなの一度や二度下げたところで何になる?そもそもリモコンは子どもたちの手の届くところだ。寒かったら勝手にいじるだろう。それに遊ぶところの少なくなっている中、エントランスまで取り上げたらかわいそうだろう。

ゲストルームだって、予約がある都度、管理員が清掃し、リネン代だってバカにならない。あれは住民のサービスであって、収益をあげるためのものではない。慈善事業みたいなもんだ。

一番許せないのは、掃除の頻度を減らすというやつだ。
うちのマンションが築年数が経ってもなお人気なのは、清掃状態がいいからだ。数年後に立った向かいのマンションは、清掃費がうちの半分くらいだというが、やっぱり行くと汚れが目につく。中古で買う時は比較対象にもなるだろう。管理員の他、清掃員を週5日間たっぷり雇って、機械清掃もたくさんしているからこそのこの仕上がりだ。なんなら理事会から清掃員への謝礼を始めたのも私だ。ゴミの仕分けが出来ていないものを丁寧に分けてくれているのを見ると頭が下がる。

こういう積み重ねが、今のマンションを作っているのだ。何故それがわからない。

「理事長!!この投書の方、直接呼んで喋りましょう!私が話をつけますよ!!!」


side🦓

理事会議事録を読み終えた嶋は、おもむろにペンを取った。

このマンションは、このままではいけないのではないか。

嶋は、今のマンションに住む前にも別のマンションに住んでいた。38年目を迎えたマンションは、立地はよかったものの老朽化と住民の高齢化が進み、残った比較的若い年代の人間は外に出ていき、住むのは高齢者と賃借人ばかり。それでも25世帯という世帯数がゆえ、月々の管理費は20000円、積立金も30000円を超えていた。それでも会計上は赤字ギリギリだった。

嶋は最後の3年、そのマンションで理事長をしていた。当時の役員が後期高齢者2人と代理で奥様が出るとのことで、やむを得ず引き受けた。

3年続けた理由は、訴訟が1年で終わらなかったからだ。

2年の任期満了間近で発生した管理費滞納問題。竣工当時から住んでいるというその住民は、仕事が上手くいかなくなってしまったといい、管理費が滞り始めた。そこから結果として訴訟することとなり、強制競売になった。

毎月働いても、管理費払ったら生活出来ないんですよ、私はもう賃貸も容易には借りられません。身寄りもありません、それでもこのマンションを出て行けというんですか。追い出すのですか。

そう、玄関先で泣きつかれたこともあった。それでも、管理費が回収出来なければ、今度は管理組合が立ち行かなくなる。理事会の見解は一致していた。

その後、なんだかいたたまれない気持ちになり、理事長を下りてすぐ、このマンションに引っ越してきたのだ。前回の教訓を踏まえて大規模なマンションを選んだ。役員も数十年に一度だ。嶋は胸を撫で下ろした。

しかし、数ヶ月経ち、嶋は、気づいてしまった。
嶋は前のマンションの時の癖で、至るところが気になってしまうのだ。

電気の点灯時間も調整が甘いし、清掃もこんなに綺麗なのに毎月機械清掃する意味はあるのか、そもそもイルミネーションも必要なのだろうか。部屋から駅前のイルミネーションが目に入ると考えてしまう。

そんなある日、投函された理事会議事録を嶋はふと手に取った。読み進めていくにつれて、嶋の不安は大きくなる一方だった。

管理費を支払えなくなるときは、誰にでも訪れる可能性がある、それならば、少しでも節約できるところはしておくべきではないのか。 

嶋は新参者なのは分かっていたが、思わずいてもたってもいられなくなった。ペンを取った嶋は、こう書き始めた。

「理事会の皆様、いつも管理組合運営へのご尽力ありがとうございます。管理費についてご意見申し上げます…」

続きます!



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