吉野拾遺 下 01 蔵王堂炎上ニ付御託宣ノ事

【蔵王堂炎上ニ付御託宣ノ事】
 蔵王権現は、役の優婆塞の行ひ出ださせ給へるよりこのかた、霊験あらわにわたらせ給ひけるにより、大塔金堂玉をみがき、南のかたには金剛力士のたたせ給へる二階堂。門東には救世観音の御堂。阿弥陀如来の御堂は西のかたにてたたせ給へり。中にも大威徳天神の御社は、日蔵上人の冥土にて延喜のみかどの勅をうけ給ひて、此処にいとなませ給へるとかや。
 さしもゆゆきし、のきをならべておはしましけるを、正平つちのえねのとし、む月の比にや、帯刀正行がよをみじかうおもひとりて、ちからのおとろへぬうちに、君の為、父の為に討死してむとて、先帝の御廟に詣でて、心をひとつに思ひさだめけるともがらの名を書きつけて、敵の陣にむかひけるが、多くの軍をおひなびけて後、終にうち死せしいきほひにのりて、むさしのかみ師直が四万余のいくさをしあがへ、皇居をおそひ奉りしに、ふせぐべきたよりなかりしかば、君をはじめ奉りて、猶山深くいらせたまひけるに、皇居をはじめ参らせて、おほくの伽藍を焼きほろぼしけるが、誠にあさましきわざなりけり。神といひ、仏といひ、二世のくるしみを、いかでのがれさぶらはんや。かくていくさどもかへりしかば、かたばかりなるかりやをつくりて、本尊をうつし奉るに、衆徒の中に、何がしの法眼とかやいひしが、夜もすがらおまへにさぶらひて、「今は仏の御ちからもうせさせ給ひけるにや。かくあさましき御ありさまにこそ、柔和の御姿をひきかへさせ給へる。御しるしもなかりつれ」とて、さめざめとなきて、うちねぶりけるに、ゆめともなく、うつつともなく、柔和の御尊体のあらはれさせ給ひて、「よしやただうらみずともあらなむ。仏はただ迷へる衆生をみちびかんがために、此の土には済度方便のことにこそあれ。仏ももとは衆生なり。衆生はつひの仏なり。罪をつくりしうへにこそ、また罪もあたへめ。さしむかひては本意にあらず。それとしらるる事のなどかなからん」とて
 うらむなよさてはややまん梓弓 真ゆみつきゆみとしはふるとも
といひすてさせ給うて、あかつきの月の山のはにかくれさせ給へるがことなりにけるに、うちおどろきて、そのありつることを、悉くしるして奏し奉らるるに、人々もおぼつかなくおぼし給うて、深くをさめおき給ひけるに、はたしてあけのとしより、尊氏と直義との中らひあしくなりて、直義は御みかたに参り、またのとしの二月のほどに武蔵守が一族みな亡びにけり。そのをりにさまざまふしぎのありけるよし、つたへ聞きしかど、見ぬことなりければ、ここにもらし侍り。直義も君の御力をかり奉りて、わたくしの本意をとげぬれど、また心がはりして、都にかへりけれども、誠の道ならねば、天にそむきて、其の秋の比にや、東にて尊氏の為にころされけりとぞ聞こえし。

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