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「それでも生きなくちゃ」(銀河鉄道に乗って)


7月の終わりに、アタシは前から計画していた左腕の傷のカバースカータトゥーをスタートさせた。
(カバースカータトゥーとは火傷や切り傷の痕、それらを隠すためのタトゥー)

左肩から手首に刻み込まれた傷跡を隠すには、時間も予算も必要となるから、
手始めとして、アタシは左肩に1つの図柄を彫ってもらう事にした。

図柄の使用に関しては、以前お会いした時に使用許可は頂いていた。

Instagramで繊細な図柄のタトゥーを彫る方と巡り会えたのも、ある意味奇跡や運命みたいなモノだなとアタシは思っている。
本来なら友人の彫り師に依頼する予定だったけれど、彼女も忙しく、そして住んでいる場所が遠くて、お互いなかなか予定をあわせられなかった。

年内には左腕のカバースカータトゥーを仕上げたかった。
アタシが新しい人生を取り戻す為に……

アタシは人生で一生忘れないだろうと思える夏を過ごした。

夜行バスに揺られ、イヤフォンから流れる「黄昏ハッピービッチ(上)」をエンドレスリピートして台風の訪れと共にアタシは東京へと向かった。

8月16日に下北沢CLUB251で開催される「さめざめwithバナナとドーナッツ」のLIVEに友人と参加する為に……

長い長いバスの旅。
アタシは不思議な体験をした。

体験……?
多分夢だ。
とても、とても、不思議な夢を見ていた。

見た事のない景色が目の前に広がっている。
何処だろう?ここは?
アタシはまだバスに乗っていたはずなんだけれど……
パーキングエリアでもないよな?と頭を捻らせていたら、後ろから「おまたせ!」と声を掛けられた。
アタシはその声の方向に振り向く。
「会いたかったよ」
アタシを真っ直ぐに見つめる黒髪の少年が笑顔を見せる。
その佇まいと雰囲気は、アタシは自分が思い描いていた長野まゆみさんの小説に登場する少年の姿だった。
「君は?誰?アタシを知ってるの?」
少年はアタシの言葉に首を傾げた。
「今日、僕とデートする約束忘れちゃったの?」
少し哀しそうな少年の表情にアタシは何故か胸がチクリと痛み、申し訳なさを感じてしまった。
「えっと……ごめんね。アタシ君の名前も知らないって言うか……」
「僕?僕は、カムパネルラだよ?」
(……ん?……カムパネルラ??……という事は、アタシはジョバンニか?)
なんて馬鹿みたいな事を思っていたが、少年はこの状況が飲み込めていないアタシの表情を見ても、そんな事はどうでもいい些細な事だとでもいうように、連れていきたいお店があるんだとアタシの手を取った。

夢だというのに、何故か暖かい少年の手の温もりをその時確かに感じた。
そしてアタシは、初めて気がついた。
太陽の下、男の子と手を繋いで街を歩いている事に……

それは長年アタシが少女時代から思い描いていた叶えたい小さな夢のひとつだった。

女の子なら一度は経験しているであろう、世間一般的に言う「普通のデート」

現実の世界では、叶わないアタシの小さな小さな夢。

見目麗しい少年と、手を繋いで歩く自分の胸が少し浮ついている。
ほんの少しの恥ずかしさと嬉しさが綯い交ぜになってアタシの頬が赤味を増していくのに、少年は気づいただろうか?

少年は歩き慣れた様子で迷う事なく1軒の喫茶店の前で立ち止まった。
レトロな雰囲気の昭和で時間が止まっているような喫茶店。

入口の重いドアを、少年が開ける。
アタシは少年に促されて、そのまま喫茶店の中へ足を踏み入れた。
「僕のお気に入りの店だよ。パンケーキが美味しいんだよね」
ふんわりと店内から、甘いバターの香りがアタシの鼻腔を擽った気がした。
誰も居ない店内で、アタシは少年と端のテーブルを選び向かいあって座る。
少年から、渡されたメニューにアタシは目を軽く走らせた。
ホットサンドとクリームソーダの写真。
アタシの視線がその写真の上で止まっているのに少年が気づく。
「決まったみたいだね?」
少年はアタシのホットサンドとクリームソーダを注文し、自分はメニューも見ずに、ホットコーヒーとパンケーキを注文した。

少年がポケットからタバコを取り出し、テーブルの上に置いた。
群青のタバコの箱に見覚えがあるような気がしたが銘柄が思い出せなかった。
(彼がこれでソーダ水を頼んでいたら……)
アタシは少女時代に読み耽った長野まゆみさんの物語の中で、印象に残っているシーンを頭の中に思い浮かべていた。
理由なんて自分でも説明できやしないけれど、アタシは初めましてのはずのこの少年を以前から知っていたような気持ちになっていた。
「君がカムパネルラなら、アタシはジョバンニであってるのかな?」
少年はそうだねとでも言うようににこりと笑ってみせた。

テーブルに運ばれたホットサンドとクリームソーダを目の前にして、アタシは携帯を取り出しカメラの中に1枚の写真を残した。
少年はパンケーキにフォークを刺し、ナイフで1口サイズに切っていく。
少年の口の中に消えていくパンケーキの欠片。
幸せそうな笑顔を見せる少年。

(……普通のデートってこんな感じなんだな……)

アタシはテーブルの下で自分の両の掌を見つめていた。
さっきまで、何も無かった掌に、小さく光るモノがあった。
それは、紫に光る鉱石が着いた金色に光るピアスだった。

(……何?……これ?……)

少年はそんなアタシを見つめていた。
「それ、無くさないでね?」
「え?」
アタシは少年の言葉に顔を上げた。
「それは貴女のモノだよ」
アタシはもう一度、掌の上のピアスを見つめた。
(……そうか……今日は……)
「君は、この為だけに、存在しているのね?」
「貴女みたいな人がね、僕を呼ぶからさ最近は休む暇がないよ」
「……ねぇ?カムパネルラ」
「やっと、名前呼んでくれたね。何?」
「アタシ……まだ生きてていいのかな?」
「……」
「生きてて……いいんだよね?生きてく意味あるんだよね?」
アタシの頬を流れる涙の雫が掌のピアスの上に落ちた。
少年はゆっくりと立ち上がりアタシの横に座り、アタシの肩をそっと抱いた。
「僕と約束をしないかい?」
「約束?」
「そう、約束」
アタシを見つめる少年は、アタシの耳元で小さくひとつの言葉を囁いた。
アタシにしか聞こえない少年の囁き。
その言葉の意味はアタシには理解ができた。
そして、掌のピアスを無くさないように握りしめる。
「ありがとう。カムパネルラ」
「そろそろ、僕は行かなくちゃ」
アタシの頬に軽く口付けを落とす。
それが、少年のさよならの合図だった。


アタシはバスの停車アナウンスの声で目を覚ます。
バスターミナルにゆっくりとバスが止まるのを待って、バスを降りた。

日付が変わってもう16日になっていた。
何回目の誕生日だろう……

アタシはふと自分の掌を見つめた。
そこには何も無かった。
ある訳がない。
あれは夢だ。

傷ついた魂を癒すために現れた少年……
もしかしたら少年でもないのかもしれない。
多分彼の本当の名前だって、カムパネルラではないだろう。
アタシだって、ジョバンニではないもの。

ただ、傷ついた魂が癒される役柄を知っているんだ。
そして、彼はその都度姿を変えて演じてくれるのだろう。

友人にLINEを入れる。
「今、新宿着いたよ。とりあえず向かうね?」
アタシは今夜初めて、友人とさめざめwithバナナとドーナッツのLIVEに参加する。

アコースティックLIVEとはまた違うサオリさんのバンド編成でのLIVE。

常にアタシに新しい感動と生きる力を与えてくれる楽曲。
溢れ出す涙もそのままに、目の前のサオリさんのパフォーマンスと歌声に魂が震える。
何度も、何度も、道を間違えて生きる意味がわからなくなる度に、君との関係にいつまでも答えが出せないまま、彷徨っていても……

アタシはアタシでしかないのだから……

LIVEが終わって、涙でぐちゃぐちゃになった顔でサオリさんと少しの間お話をして、また、会いましょうね?と約束を交わした夜を一生忘れる事はないだろう。


友人と居酒屋で誕生日だからと2人でビールを飲んだ。
「あ、日付変わる前にピアス開ける!」
「は?また?」
「あー、そっか前も一緒に飲んだ日にピアス開けたっけ?」
「開けてたね~」
アタシは笑いながらアクセサリーケースを開けた。
用意していたピアスの中に見覚えのないピアスを見つけた。
アタシはそのピアスを手に取って一瞬息を飲んだ。

紫の鉱石が着いたピアス……


その日、アタシの右耳に新しいピアスが増えた。

紫色の鉱石が着いたピアス。

2024.8.16
忘れられない誕生日。

そして、まだ終わりが見えない君との関係に区切りを付けたいとアタシは決めて、君にLINEを送った。

『タイミングが合う時でいいから、最後にもう1回だけ会いたい』
『仕事もあるし、約束はできないよ?』
君の返信にアタシは確信した。
もう一度会える日が来ると……
君は会う気がもうないなら、こんな曖昧な返信をしない事をアタシは知っていたから……

アタシね、気づいたの。
アタシのおっぱいの番人は君しかいないんだって……

だからもう、キャストの仕事はしない……

君が最後……
君にアタシのおっぱいの番人になって欲しい……

君がアタシの期待には何も応えてあげられないって言葉を言う度に思ってたの。

君が思ってるアタシの「期待」ってなんなんだろうって……

アタシは最後に知りたくなった。

この恋の結末は多分世間一般的なハッピーエンドにはならないかもしれない。

だけど、アタシ後悔なんてしてないんだよ……

君と出会って君を好きになった事……

いつか思い出話にできるって信じてる……


その日がいつ来るかはまだわからないけれど……






















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