感想「湿り」うっかり(第5回徳島新聞 阿波しらさぎ文学賞 徳島新聞賞)
第5回徳島新聞 阿波しらさぎ文学賞で徳島新聞賞となったうっかりさんの作品「湿り」が公開されたので読みました。
https://www.topics.or.jp/articles/-/759167
ある病院のコロナ病棟で働く清掃員の六月のある日の午前中の職場での人間模様ですが、梅雨という湿気で鬱々とした空模様と、勤務先の鬱々とした人間関係がリンクして、ほとんど気持ちを語らない主人公の内面を如実に現しています。
主人公と職場での看護師、同僚との関係は良好とは言えず、それでも主人公は仕事を黙々とこなしながら、俳句を作っています。仕事の合間でも俳句を作り、俳句のことを考えることで、目の前のきつい仕事から意識をそらしているように見えます。
ただ、主人公はコロナ病棟の清掃という大変な仕事を頑張っている人、という印象ではないです。
最初にここを読んだときは、主人公が六月いっぱいでこの病院での仕事を辞めるのだということが明らかになるのですが、その後に主人公が控え室に置かれているメモをようやく読んだことで状況の見え方が変わってきます。
契約更新の話が出なかったのはコロナ特需が終わったからではなく、主人公の仕事ぶりの問題であることが明らかになります。
主人公の同僚である「門野さん」は主人公と日常的に簡単な世間話ていどの会話をする人のようですが、ちょっと探りを入れるような物言いをします。
また、主人公の上司である「山崎さん」は、清掃員や看護師たちに「問題ないですかー」と声をかけているものの、部下の指導を怠っているように見えます。だからこそ、連日控え室にメモが置かれているように思われます。
主人公の周囲の言動からすると、主人公は仕事を「やっている」けれど「できている」わけではなく、そのことについて職場内で軋轢が発生しているようです。ただ、最初に主人公が控え室でメモを無視したことや、これまで数々のメモが置かれていたにもかかわらずすべて握りつぶして捨てていたこと、「山崎さん」が特に指導をする風ではないことから、それらが言いがかりであるようには思えません。
上司である「山崎さん」は、主人公に仕事に関する指導をすることで自分が嫌な上司だと思われるのが嫌なのか、単に面倒だから指導しないのか、言った翌日に仕事を急に辞められると困るから言わないのか、これまで再三言ってきたけれども改善されないので言うのを止めたのかは不明です。ただ、主人公が六月で仕事を辞めるのだからこれ以上関係を悪化させる必要はない、と考えている風には感じ取れます。
同時に、主人公が必要でないホワイトボードの掃除をしたり、メモに目を通しはするけれどもそのまま捨てたり、窓に口にすることができない気持ちを文字として書いてみたりするところからすると、仕事が「できている」人ではないと察せられます。
主人公がこの世界で常に正しい位置にいるわけではないのですが、この主人公に関しては、職場の人間関係がいびつになっているのはそれなりの理由があり、それを主人公が自分の行動で変えるつもりはないという意地のようなものを感じます。
俳句という五七五の文字の世界を自分の居場所としている主人公にとって、控え室に置かれている長いメモは読むに値しないものであり、ホワイトボードのしっかりと消されていない文字は残しておいてはいけない文字、というどこか脅迫めいた意識が働いているようにも見えます。
このヤシの木は、主人公の心象風景のようであり、現在の職場の中の自分だと感じているようにも読み取れます。
連日の激務と、悪化の一途を辿る職場の人間関係は暴風雨そのものであり、高く伸びたヤシの木のように心は折れかけ、折れたらそのまま木端微塵になって飛びそうになっているようです。
それは別に主人公ひとりの話ではなく、この職場の各職員にどこかしら当てはまることなのかもしれません。
終わりの見えない現状から抜け出す唯一の方法は、この職場での仕事の契約を更新しないことであり、いまとなっては他に方法が見当たらないようにすら思えます。
そんな主人公の鬱々とした気分が読後も尾を引く、見事な作品でした。
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