見出し画像

私立探偵 宍戸光司

【この企画・作品について】

他の作者さんと一緒にリレー形式で
《1つの作品》を作ってみたらどうなるのか、
という初の試みです🌱
作者の方たちには他に誰が参加しているのか内緒にしたまま物語を繋いでいただきました。

----------

【ずっちー】

「あ、先ほどのお電話の方ですねぇ。どうもぉ、宍戸(ししど)ですぅ。どうぞどうぞぉ。」

繁華街の裏通り、古びた雑居ビルの一角、雑然とした室内に、山盛りの煙草の吸い殻。
はじめに“私立探偵”と聞いて浮かんだのはそんなイメージ。

しかし大学の後輩から教えてもらった住所を尋ねてみるとそこは、
壁面にペンキで“こがね荘”と手書きされパッと見で築50年はかたそうな、どこにでもある木造アパートの1階角部屋だった。
扉には【こちら空室のため探偵をご利用の方は以下の電話番号まで シシド】という張り紙が、やや右肩下がりにガムテープで貼られているだけである。
ただ事前に住所とともに聞いていた番号へ連絡していたため、チャイムを押すと
中から「はぁい。」と返事があり扉が開かれ、なんだか眠そうな声で中へと招かれた。

室内は探偵事務所のイメージとは全く違うというべきか外観のイメージ通りというべきか、畳み6畳ほどのまさに普通の古アパートの一室といった感じ。
変わっているとすれば、ちゃぶ台以外の家具が無いことと、テレビが無いのに“私立探偵 濱マイク”のDVDが平積みにされていること、
そしてなにより、【探しています】と書かれた“ペット捜索願いのチラシ”が、大小さまざま大量に段ボールへ収められていることである。

私が部屋をきょろきょろと見回していると、シシドが
「まぁま、とりあえず、珈琲でも。」
と言いながら、部屋に不釣り合いなちょっと高そうなカップに、コンビニ袋から出したペットボトルのアイスコーヒーをトクトクと注いでいく。
一緒にその様子を眺めていると、
「それで今回は…ニャンコの捜索ですよねぇ。どんな子なんですぅ?」
と問われ、私は『このひと、こんなデニムに無精髭で“ニャンコ”とか言うんだなぁ』などと思いながら、一昨日から居なくなってしまった我が家の猫についての説明をはじめた。


【酢めし太郎】

「三毛猫なんですけどね、一昨日の夕方に見たのが最後で、3歳の...」

『ええわええわ』

怪訝そうな顔でシシドが私の話を遮る。

『猫の歳なんか聞いてもわからんでしょ?ペット探してる言う人みんな歳言うてきよるんですわ。歳聞いてもペットの形なんか想像できひんのよ。人でもそうでしょばあさんみたいな爺さんもおれば、逆にじいさんみたいな婆さんもおるでしょ?...コレはちょっと例えちゃうかったかなぁ。ゲハゲハゲハ」

下品な笑い方。。。

シシドは真顔に戻りコチラをチラリと見た。

『えらいすんまへん、ほな特徴から教えてもろてもかまへんやろか。三毛猫やったっけ?ほんで?』

「あ、はい。三毛猫で首に赤い鈴のついた猫です。名前は...」

『名前なんかよろしいわ。猫が名乗るわけでもないねんから。聞いて答えてくれますの?“私、たま言いますねん。はよ家帰りたいのにどこかわからんようなってしもて。恥ずかしわぁ(裏声)”言いますのん?言わへんでしょ?そんなん言うてきたら僕らの商売楽でええですわ。ゲハゲハゲハ』

まただ。

一体何を食べ、何を着て、何を学べばこのような下品な人間になるのだろうか。
そんな事を考えていた。

『お客さん、ほんまは猫なんか探してないでしょ?何が目的ですの?』

「何を、、、」

『何を、、、 やないわ。なんやお客さん結構しらこいのぉ。ここに来る人間で探し物しに来るような奴はおらん。なんや?ほんまの要件は?俺の"ウワサ"を聞いてわざわざこんなところまで嬢ちゃん1人できたんや。早よ言わんかい』

「...はい。」

私は真の目的をシシドに話すことにした。


【シダ】

「あ、あの実は…」

『まぁまぁ、まず飲んでから聞こうか。一回落ち着け。慌てなさんな。』

『ほれ』と勢いよく差し出されたカップからアイスコーヒーがこぼれる。えらいすんまへんと言いながらテーブルを雑に拭くシシド。

お前が落ち着けよと言いたい気持ちをグッと堪えた。

「わたし、山に向かったんです。
気持ち的に山に向かって途中でコンビニに寄ったらそれはもうフレキシブルで。
車が通ってシルバー、シルバー、黒、シルバー、赤。あーゴミ収集車。ざっざっざっ。
ぴよぴよって飛びながら羽をすっと体にそわせて。りんりんという鈴の音があるから鍵は落としても安心しやすい。ばあさん、じいさん、ばあさん、腕振りばあさん。90度腕振りばあさん。
駆け足じいさん。じいさん?うん、よくいるじいさん。」

『嬢ちゃん、頭おかしなったか?』

「あ、ありがとう…ございます。」
ゾクゾクする。

シシドのウワサは聞いていた。
欲しいときに欲しい言葉を言ってくれる探偵がいると。「頭おかしなったか。」これよこれ。
誰がなんと言おうと、私はこの言葉を言われるのが大好きなのだ。


【アラオー】  

まぁ大好きとは言い過ぎた。いや、本当は私が「頭おかしなったか」どうかをシシドなら、私が傷付かぬように教えてくれるのではないかと思ったのだ。

猫が行方不明になったのは、もう15年前だと手帳には書いてある。その記憶が15年前の話なのか、それとも一昨日(おととい)の話なのか混乱しているのだ。

私は「記憶障害」ではないかと自分で気が付いている。でもまだ認めたくない。だって、猫は絶対に一昨日失踪したのだから。

「私、頭おかしなったか?」
 
実はシシドとは、私が大学生の時に遊んでいた男のうちの1人だ。授業が終わるといつもの喫煙所で、タバコをふかしていたところ『今からうち来ない?』と声をかけられたことから、シシドとの関係は始まった。

お互い恋人もいなかったし、''ちょうどいい相手''だった。シシドは、大学から歩いて15分のところに住んでいたし、私は家から大学まで2.5時間もかかっていたので、通学が面倒だと思った日にはシシドに抱かれておけばこの長い通学時間が短縮できて都合がよかった。

最初のうちは、2週間に一度シシドの家に泊まっていたのが、1週間に一度、3日に一度と回数が増え、シシドがいない間でも私1人でシシドのアパートで留守番することもあった。

『もうここに住めばええやん?俺が働いて数年したら、結婚も考えてる』とシシドが言った。

意外だった。

私はシシドのことは確かに好きだったし尊敬していたのだが、この先一緒になって、いつか結婚して、子供が産まれて成長して、お爺さんとお婆さんになっていく当たり前の幸せをシシドとは考えられなかった。

なぜなら『女の話はおもんない』と男尊女卑を仄めかす言葉をよく口にされていたからだ。私は自分がおもしろいなんて思っていないし、おもしろくさせようともしていない。ただ話を聞いて欲しいだけなのに、シシドは遮るようにいつも『話はそれだけか?ほな朝飯作ってくれ』と聞き流すのであった。

お互い都合の良い関係が承知だったはずなのに、急に結婚をチラつかせ、距離を縮めようとしてくるシシドは、何を汲み取っても掴めない人だった。

そんなシシドは、アパートの下にいる猫を見かけては『なぁ、今日またニャンコおってん。むちゃくちゃかわいかったで、ニャンコがな』と、猫をニャンコと呼ぶ時折見せる可愛らしいところがあって、私はシシドのことは人として好きになっていたと思う。

でも伴侶ではない。

「はぁー将来に希望もないし、もう面倒だから大学やめようかな」とシシドに一度だけ言ったことがある。

『ふーん、好きにしたらええんやから』ときっと言うだろうと思ったのだけど

シシドが発した言葉は『あかん、大学はちゃんと行け。理由はそんなもん、あれやから!とにかく辞めるなよ。』だった。

理由言わんのかい!と思ったのだが、聞いたところで答えてくれるわけもない。
『なぁ、俺腹減ったんやけど』といつも自分の腹の心配しかしていないシシドが初めて私のことを考えてくれて嬉しくて、私は大学は辞めないで卒業できた。あの時のシシドには感謝している。

大学卒業以来、研修医として韓国の整形クリニックへの勤務を命じられ、同時に私はコンプレックスだった鼻にプロテーゼを入れ、目は埋没手術を
しているので、大学時代とは顔が少し違う。

そして昨年(さくねん)帰国したため、シシドの連絡先は分からず大学の後輩からの"ウワサ"で探偵になったと聞いただけだった。

今私がシシドに急に探してでも逢いたくなったのは、猫が一昨日から行方不明になったのと、手帳に書いてある15年前猫が行方不明になった記憶が交差し、何が自分に起こっていることなのかわからなくなってしまったからだ。

にゃんこ のことを全てシシドに話して『ふっ、頭おかしいんちゃう?』と笑い飛ばして『大丈夫か?』と心配して欲しい。 

それなら、私少し楽になれる?記憶障害と向き合える?

ねぇシシド
今なら私の話を聞いてくれる?

ねぇシシド
あなた探偵なら、私のこと分かるでしょう?