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#奪われた空

わたしには、はじめから空なんて存在しなかった。

存在した時間を覚えていない、
と言った方がいいのかもしれないけど。

「あの雲はなんの形に見える?」
「雨が降りそうな空だね」
「今日は虹が出てるよ!」

母親と手を繋ぎながら空を見てお話する時間。

ほんとはドラマかなにかでしか存在しない会話でしょ?
そんな会話が日常にあるわけない。

そうだった。
そもそも母に会えるのは夜の数時間。

シングルマザーだった母はほとんど家にいなかった。

空がきれいだなんだ、
そんな温かな会話が生まれるゆとりなんてない。

ほら、愛着形成っていうんだっけ?

人に対する基本的な信頼関係を小さい頃に築く、
みたいなあれ。

それは絶対できてないよね。

お母さんにすらどうやって話せばいいか分からない。

話に出ちゃってるでしょ?

母親って言ったり、母って言ったり、お母さんって言ったり…。

そんな状態でね、母さんが再婚したの。

「再婚するね」って言われて「嫌だ」って言ったけど、「妊娠してるから」だって。

私のことをなんだと思っているんだろう。

私と会えない時間、働いてたって知ってる。

でも、ちゃと自分は楽しんでたんだね。

私が一人、耐えていた時間。

これから弟か妹が産まれて、
この人は、その子と手を繋いで空を見上げるのだろうか。

ほら、私には、はじめから空は存在しなかった。