【トレジャー・マップ】

日曜日。新学期にも慣れた頃、私たちはいつものショッピングモールのフードコートでハンバーガーを囲んでいた。
「東ちゃん、書類選考通過おめでとー」
「ありがとう、ここまでは通ったことあるし、これからだよ」
言いながらも、昨日封筒開けたときに小さくガッツポーズをしたのを思い出していた。
「東ちゃん美人だし大丈夫だって信じてた」
「このあとどうする?」
「そろそろ南さんちのプールが恋しくなってきたなー」
「わたくしの家もいいけれど、東さんの家も気になるわ」
「うち!?」
「東ちゃんち!?」
「くるみも興味ある!」
待って待って、そうくるとは思わなかった。いちおう片づけてはあるし、掃除もしたばかりだけど、みんな(っていうかカナダから帰ってから誰も)家に来たことはない。心構えができない。
「私んち南さんちみたいに広くないし、なにもないって」
「だめ?」
くるみが上目遣いで見てくる。強すぎる。私はこれに一生負け続けるのだろう。
「みんなが来たいならいいけど……」
「決まりね!」
こうして私の家に初めて友達が来ることになった。

【トレジャー・マップ】

「「「おじゃましまーす!」」」
「いらっしゃい」
3人の声がマンションの一室に響く。今日は母は日中出かけていて、部屋にいるのは私たちだけだ。2DKで、玄関を抜けるとすぐダイニングに出る。手前側に4人掛けのテーブルがあり、奥には手前側を向いたテレビとそれに向かうソファがある。テレビの周囲には家族の写真や本などが並んでいた。
「ここが、東ちゃんの家……」
「このソファいいなー」
「けっこう物があるのね」
思い思いの感想を言いながら3人はダイニングをうろうろしている。
「飲み物出すから座ってて」
「それより、東さんのお部屋はどちらなの?」
3人(とくに嘉鳥)を放っておくと勝手に親の部屋まで暴きかねない。観念して部屋のドアを開いた。

奥に広い縦長の部屋の手前には部屋を分けるように2つの木製ラックが立っており本やアルバム、CDが詰め込まれていた。その右手奥にはベッドが、左手奥には2つ並んだ机があって、机の上にはパソコンが置いてあった。部屋の奥はベランダに面していてカーテンがかかっており、壁にはポスターやらカレンダーやらが貼られていた。
「このあざらしかわいい!」
「東さんってほんとうにアイドルが好きなのね」
「ホントに東ちゃんの部屋にいるんだ……」
1人反応がおかしいのもいるが、幻滅はされてないようでよかった。一息つきながら自分も部屋に入って、ドアを閉めようとして気づいた。みんなもこっちを向いて気づいたようだ。

部屋の手前側の壁には手書きの城州の地図が貼ってあった。半島になっている城州は地図ではだいたい左半分が海の青、右半分が陸の緑だ。地図の中心近くはちょうど城州でも中心部で、城州東高校もこのあたりにある。地図のその部分、半島の西側、南の端近く、少し北側にそれぞれ黒い丸の上に赤い☆マークがついていた。中心部にはいくつか×もついていた。城州の高校をマッピングした手書きの地図なのだった。

しまった。まだ出しっぱなしだった。私はみんなを入れる前に気付かなかった自分の不覚を呪った。そして次の瞬間血の気が引いた。みんなは『東西南北』ありきでみんなと友達になろうとしたことを知ったらどう思うだろう。くるみちゃんは私の夢に気付いてたって言ってたけど、実際どの段階まで気づいていたのか怖くて聞けていなかった。
「これ、城州だよね」
「この星、西テクノかな」
「じゃあ、これは聖南テネリタス学院かしら」
「ここが東高で、その上が北高だよね」
「×になってるところもあるわ」
みんなが地図の意味に気付いていく。
「ちがうの、これは」
弁解しようとした時、南さんが言った。

「こんなにわたくしを探してくれたのね」

「東さんはわたくしと会う時、連絡もとらずいきなりテネリタスに来ていたわ。×がついているところにも、行ってみたんでしょう?そうやって探して、わたくしたちに出会った。東さんはわたくしたちを探してくれていたんだわ」
「『西』はここくらい?有名にも、なってみるもんだね」
「登校してない日もあるから、あの時会えてよかったな」

ああ、なんてばかだったんだろう。私はみんなを、みんなとの友情を甘くみていたな。またそう思わされてしまった。みんなには、もっと正直で、ありのままいていいのかもしれない。もう会わなくなった誰かさんと居た時のように。
「私こそ、みんなを見つけられてよかった。さ、あっちでお茶しよ」
扉を開けて、ダイニングに促した。


1年後。
新しいユニットの仕事が本格的に始まってきた。城州から東京に通うのは大変だ。ついに東京に部屋を借り、一人暮らしをすることになった。この部屋にいたのも長いようで短い期間だったな。そう思いながら荷造りしていた。実家として部屋は残してもらうので、持っていくものと、置いていくものを分けていく。大方のものを詰めたあと顔を上げると、壁のポスターが目に入った。手書きの、4つの星の入った城州の地図。私の宝物のひとつを壁から剥がすと、丁寧に丸め、「もっていくもの」の箱にしまった。


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