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二〇一八年九月二三日 神戸新聞杯

菊花の栄冠に挑む最後のトライアル

 菊花賞トライアルレースの神戸新聞杯である。昔は京都新聞杯が菊花賞の直近のトライアルレースであったが、京都新聞杯がダービー前に移行したため、唯一の菊花賞トライアルレースになった。ダービーの上位馬も登場し、このレースの結果が菊花賞に直結するとあっては、予想にも熱が入るというものである。

 ところで牝馬の3冠レースは桜花賞、オークス、秋華賞で、場所も距離も異なるが、時に「牡馬3冠レースの皐月賞、ダービー、菊花賞」という言葉をマスコミで聞くことがある。これは大きな間違いで、この「牡馬の3冠レース」には牝馬でも出場できる。通常牝馬は牡馬より弱いので、馬齢の斤量も2キロ減が普通である。優秀な牝馬を擁する陣営としては、「牝馬だけのレース」を選んだ方がより稼げるので、いわゆる「牡馬の3冠レース」に挑戦する牝馬は少ない。

 しかし、ウオッカのようにダービーを快勝した牝馬もいれば、2017年の皐月賞で一番人気に支持された牝馬・ファンディーナもいた。極端にいえば、牝馬は五大クラシックすべてに出場することができるのだが、牡馬は「牝馬の3冠レース」に出ることはできない。

 さて、秋の大一番・菊花賞のトライアル神戸新聞杯を制するのはどの馬か。一番手はダービー馬③ワグネリアン、次が皐月賞馬⑧エポカドーロ、そしてダービー僅差4着の②エタリオウの三つ巴と世間では見ている。中でも②エタリオウは1勝馬。なんとしてもう1勝が欲しい。これが軸だ。僕は⑨アドマイヤアルバにも気があるので、これを加えて②から馬連・ワイドの各3点流しの勝負だ。……結果はワグネリアン1着、エタリオウ2着で馬券もきちんと当たった。

 ところで神戸新聞杯に出てくる馬もまさに思春期であるが、前回に続いて僕の思春期の恥ずかしい話をしてみたい。前回、悪友の挑発にまんまと乗せられ、中学生にして喫煙の常習者となってしまった僕が、どうやって煙草を入手していたのかを記してみよう。なにしろ中学生なので親からもらう小遣いは一カ月に3百円しかない。その当時ハイライト20本入りが50円、新生20本入りが40円、ゴールデンバット20本入りが30円なのである。ピースの10本入りが40円なので高級な煙草といえる。もちろん手が出ない。

 小遣いをもらったらすぐに煙草を買って、誰にも見られない下鴨神社の裏の森の中でこっそり吸うのが常だったが、当然のようにすぐ「たばこ銭」に困ることになる。友人に恵んでもらうこともあるが、頻繁にもらい煙草をするのは思春期でなくともプライドが許さない。

 食卓に置かれた父親の煙草を1本くすねることもままあったのだが、ばれないようにするために気を使う。つまり残っている煙草が多くても少なくても、減っていることが分かりやすいので、20本入りだったら13本ぐらい残っている時がくすねても発見されにくいのだ。思春期といえども悪知恵は働くものだね。

 そして僕はひらめいた「煙草を稼げばいいのだ」と。僕の行動は大胆不敵だった。徒歩15分圏内に「キング」とか「パラダイス」という名のパチンコ屋がある。そこで「稼ぐ」ことにした。学校が引けた夕方と日曜日が主な活動時間である。特に日曜日は午前十時に「開店サービス」があり、すべての台のチューリップが開いているのである。

 100円で玉を買い20台ほど打つと軽く元の5倍以上になる。それを煙草に交換すれば少なくとも元値の数倍の煙草が手に入ったのだ。後に読んだ孫子の兵法に「必勝を見て戦う、戦うや必ず勝つ」という一節を見つけて、なるほど必ず勝つ戦いとはこのようなものだったかと、勝手に悟ったのである。中学生だとばれて店からつまみ出される恐れもあるので、できるだけ大人っぽい服装を心がけた。しかし見破られて追い出されたことは一度しかなく僕の大人びた演技もまずまずだったのではないだろうか。

 パチンコ屋で僕はごく自然に「出る台、出ない台、ある程度玉をつぎ込めば出る台、何をやっても出ない台」などを観察し憶えるようになった。当然孫子の兵法を生かし「出る台」で煙草を稼いでいった。しかしやがて玉を現金に交換する方法を知り、当時は違法だった「換金」をするようになった。現金があれば煙草以外にも使える便利さは子供でも知っていたからね。

 事件も起きた。換金できる商品は店によってさまざまだったが、よく行った店の換金商品はライターの石だった。パチンコ屋の近所の路地奥に小さな小屋があり、四角い穴が開いていてそこに商品を入れると、中のおじさんもしくはおばさんが現金を渡してくれるのである。

 ある冬の日、珍しく行列ができており、僕が並んでいるとなんとすぐ後ろに、中学校で僕のクラスを担当している英語の教師がついたのである。目が合うと先生は「こらあ~」と小さな声で言ったが、なんせ同じ穴のムジナである。違法な換金の現場での鉢合わせでは、如何ともしがたかっただろう。僕の行為を公にすれば自分の行為もさらさなければならないのだからね。学校で僕はしばらくびくびくしていたが、予想通り何も起こらなかった。

 やがて僕はその先生とはなにか悪事を共有しているような感情を持ったのだが、先生は「あいつは見かけによらず、不良だなあ。まあ、ろくな人生は送らないだろう。あまり関わりは持たないでおこう」とでも思っていたのは間違いないと思う。

 煙草銭欲しさに悪の道歩む



赤城斗二男『馬券と人生』収録
発行:七月堂

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