片目が花になった女の子

ある朝起きたらなんか視界が狭くて、よくよく注意してみると右目が見えなかった。私は普段からあんまりテンションの高いほうではないというかこないだお昼休みに私の右斜め前の席のコンドーさんが食堂に行ってる間、コンドーさんは親が共働きだからいつも教室でお弁当食べるんじゃなくて食堂でひとりで食べてるんだけど、ひとりで食べてるのはコンドーさんが友達がいないっていうかいじめられてるからなんだけど、そのコンドーさんの多分数学のノートにコンドーさんをいじめているでおなじみサンノミヤさんたちの女子グループが落書きしたり時々ページをやぶいたりしているのを見ている時も全然テンションあがらなかった。おもしろいとも思わなかったけどやめなよとも思わなかった。なんだか風景だった。
ていうテンションの低い私だから右目が見えなくなってると気づいた時も「おや?」くらいのもので、もしかしたらあそこで動転したり、そうでなくともお母さんを呼んだりするのがフツウなのかもしれない。でも私の家もコンドーさんと同じく共働きで、私が起きる朝7時半にはお母さんはもう出勤してるしお父さんはそもそも帰ってきてない。

とりあえずどうなってるんだろうと思って洗面台の鏡を覗くと、右目から花が咲いていた。私、花の種類とかわからないけど、たぶんそれは桜の花だった。さすがの私でも見たことがあった。
右手でそっと触れると花はちいさく揺れた。そして右目のあたりには、指で触れられた感覚があった。だからつまりたぶんだけど、この花は私の体の一部だった。「夢かな」と思ったけど「夢かな」くらいのもので、私は本当にテンションが低いなぁ。夢にしては桜の花が咲いていること以外に普段の私の家と何の変哲もなく、ここまで細部のディテールにこだわった夢を見れるほど私の無意識は私の生活や環境に興味があるはずないし、だからおそらく現実で、現実の中で変なことが起きてしまったのだ。

私はいつも通りトーストを焼いて、食べて、お母さんが出勤前に作っておいてくれたお弁当をテーブルから取って部屋に戻って鞄に仕舞い、歯を磨いて、制服に着替えて、窓を開けた。
私の家の前の電信柱のとこにフルカワくんはもう来ていた。いつもと同じようにイヤホンで音楽を聴きながらぼーっと立っていた。窓を開けた私に気づいたフルカワくんはちょっとびっくりした顔をして、その顔のままで「おはよう」と言った。私もおはようと言った。

朝起きたら右目から桜が咲いていた話をするとフルカワくんは「まじかぁ」と言った。でも、そんなもんで、なんていうか別にひいたりとかはしなかったけど。
「病院とか行ったの?行ってないか。」
「うん。さっきだからね。」
「行くの?行くか。」
「たぶん行くけど、なんかめんどくさいっていうか、行ったところでって感じじゃないかなぁ。」
「まぁね。」
フルカワくんはそう言うと空を見上げてうーんと眩しそうに伸びをした後、「今日学校は行くの?」と言った。
「いちおう行くつもりで制服とか着たけど、そう言われるとめんどくさいかもしれない。」
フルカワくんは「ミサキめんどくさいばっかりだな」と笑った。私も笑った。

学校行くのをやめた私たちは電車に乗って映画館に行った。周りの人たちは私の右目を見てびっくりしたり見なかったふりをしたりひそひそと話したりしていたけど、フルカワくんは気にしていないみたいだった。映画館のポップコーンて特別感あって美味さ3割り増しじゃない?とかのんきに言っていた。

私は「アオハライド」が観たいと言ってフルカワくんはももクロが出てるから「幕が上がる」が観たいと言ったけど結局折れてくれて、私たちは「アオハライド」を観ることになった。
平日の昼間ということもあってけっこう空いていたけど私たちは後ろの方に座った。私は途中で映画に飽きてしまって、となりのフルカワくんの手をさわったりしてせっかく後ろの席だからこっそりチューとかしよっかなと思ったが、そう思ってフルカワくんの顔を見たら彼はけっこう号泣していた。スクリーンの光に照らされたフルカワくんの右目から涙が流れて、白く光った。

はじめて、すこしだけかなしくなった。
チューできなかったからとかじゃなくて。


映画が終わると、私たちは電車に乗って家の最寄駅に戻った。
戻ったもののどうしようかという感じでコンビニで立ち読みをしたりスーパーでプリクラを撮ったり公園で私のお弁当を2人で分けて食べたりした。フルカワくんは「卵焼きがうまい」と言っていた。

公園では学校帰りの小学生が3人、駆けずり回っていた。私を見ると口々に「花じゃん」「花咲いてるじゃん」「なんで?」と言ってきた。
わかんないんだよねーと言うと「へんなのー」と言って3人はまた駆けずり回りはじめた。フルカワくんは横で寝ていた。私は小学生たちの声を聞きながらフルカワくんの寝顔を眺めた。フルカワくんのまつ毛は長くて、時々ぴくぴくとまぶたが動くのに合わせて小刻みに揺れた。私、こいつと結婚とかしたりすんのかな。
私はそういうことを考えて、それから、自分の右目の桜の花を触った。つついてみるとやっぱりつつかれた感覚があって、すこしこそばゆい。右目がこそばゆいという感覚ははじめてだったが、だからといって感動とかはしなかった。

もしも、ずっとこのままだったら。
フルカワくんはどうだろう。わかんないけど、結婚とかはしてくんないかもしれないな。やだっていうか普通にさ。気になるよねぇ。


夕方くらいになってフルカワくんは目を覚ました。フルカワくんが起きた時私はちょっとだけ泣いていたけど、涙は左目からしか出てなかったしそれもすぐ拭ったので、花の影になってたぶんなんとか見られずに済んだと思う。
小学生たちはもういなくなっていた。
フルカワくんが誰かが忘れていったボールを見つけた。彼は小走りでボールに駆け寄ると私に向かって、蹴って転がしてきた。私も足で受け止め、ベンチから立ってけり返した。
うまいと言ってフルカワくんは笑い、また蹴ってきたので私もまた蹴り返した。
フルカワくんがまた蹴って、私もまた蹴り返す。

「ミサキさっきさ、泣いてなかった?」
「えー?泣いてないよ。」
「ふぅん。」
カラスがカァーと鳴く声が聞こえる。
公園のわきの道を中学生のグループが歩いているのが見える。

「その花ってさぁ、桜?」
「たぶん。」
「ふぅん。」
高いところを飛行機が飛んでく音がする。
風が吹いて、右目の花びらが揺れた。

「なーんか、困っちゃったよー。」
風がまた吹いて、また花びらが揺れる。
私はそんなこと全然言いたくなかったのに言ってしまった。

「でもきれいだよね。」
そう言ったフルカワくんの顔はやっぱりのんきなもんで、フルカワくんに花のきれいとかなんてわかんないだろって私は言ったけどそれは照れ隠しです。

しあわせものだな、私は。こいつのこと大好きかもしれない、やっぱり。


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