「ワーヅ(キル/ピーポー)閻浮提爆多摩"呪禁存思"リミックス」上演用台本

【登場人物】
安川さん
・まり

岩井さん
・光ちゃん(ヒカリ) どんな時も明るくみんなを照らす光になってほしいという願いを込めて。
・海乃ちゃん(ウミ) 海のようにいつでも大きな愛を持ってほしいという願いを込めて。
・風香ちゃん(フウちゃん) 風が香るように優しく伸びやかに育ってほしいという願いを込めて。
・美波ちゃん(ナミ) 人の心を癒す美しい波のように、周りの人を和ませる子になってほしいという願いを込めて。


岩井さん
「これからやるのは、一度作った/数年前に/一人用の演劇を、五人前に引き伸ばして膨らませて」
安川さん「みんな17歳だった」
岩井さん「その五人前の作品を、たった二人でやる という……」
安川さん「私たちは」
岩井さん「という、二人で。」
安川さん「たったの、特別なことはなくて」
岩井さん「ということをやりますよ〜」

岩井さん「──今ここに何人いる?今ここに何人いるように見えますか?今ここに何人いますか?実際。実際ですよ?」
安川さん「私たちは普通だった」
岩井さん「実際……何人……」
安川さん「どこもかしこも普通」
岩井さん「──に、見えますか?」
安川さん「東京・池袋のだいたいど真ん中には、私立の女子高校が建っている。
高いオフィスビルに囲まれて、校庭はない」
岩井さん「答えは──」


安川さん「東京・池袋のだいたいど真ん中に経っている私立の女子高校、縦に伸びたその建物、3階、2年B組。今は、四時間めです」

岩井さん(ヒカリ)「えーっと、私の光という名前は、どんな時も明るくみんなを照らす光になってほしいという願いからつけられたそうです」

岩井さん(ウミ)「私の海乃という名前は、海のようにいつでも大きな愛を持ってほしいという願いからつけられたそうです」

岩井さん(フウちゃん)「私の風香という名前は、風が香るように優しく伸びやかに育ってほしいという願いからつけられたそうです」

岩井さん(ナミ)「私の美波という名前は、人の心を癒す美しい波のように、周りの人を和ませる子になってほしいという願いからつけられたそうです」

安川さん「この四人は、ヒカリちゃん、ウミちゃん、フウちゃん、ナミちゃんといって、仲のよい四人です」
岩井さん(ヒカリ)「ヒカリです。最近お母さんが死んじゃったけど、元気です」

安川さん「高校生にもなって連れションしたりしてるのを見て、私は、私は、フーンて感じ。どうでもいいので」
岩井さん(ウミノ)「ウミノです。深夜徘徊で補導されまくり」

安川さん「この四人は、ヒカリちゃん、ウミちゃん、フウちゃん、ナミちゃんといって、いつも、窓際に座ってるあの子をいじめてます」
岩井さん(フウちゃん)「風香です。もうすぐ転校することが決まってまあす」

安川さん「“死ねよ“、“殺すよ“、“消えろよ“、“ゴミ“──休み時間じゅう教室の端から聞こえる声に、私は、私は、フーンて感じ。高校生にもなって、悪口がストレートだなぁ。」
岩井さん(ナミ)「美波です。ストレートにバカです」

安川さん「高校生にもなってさ──そう……あの子はいつもいじめられてた。私はいつも、教室の端のあの子と四人を眺めてた。“死ねよ“、“殺すよ“、“消えろよ”、“ゴミ”、“死ねよ“、“殺すよ“、“消えろよ”、“ゴミ”、“死ねよ“、“殺すよ“、“消えろよ”、“ゴミ”。」

安川さん「“死ねよ”」
岩井さん(ヒカリ)「“死ね”とか“死なないで”とか、簡単に言わないでって言うけどさあ、いや簡単に言うよね。言えちゃうもんね。死んだお母さんを見てお父さんは〈寝ているみたいだろう〉と言ったけど、私は全然そうは思わなかったね。家族が死んだのを体験したからって、死ぬってことが大それたことには、そこまでまだ思えないね。冷たいのかなあ?」

安川さん「“殺すよ”」
岩井さん(ウミ)「夜中のゲームセンターでゾンビを銃で撃ち殺すゲームをやっている。ゾンビってつまりもう既に死んでるのにどうして動いてるんだろう?それを改めて銃で殺している。なーんかこいつら自分みたいって思いながら、殺し殺し殺している。どんな気持ちだろう?」

安川さん「“消えろよ”」
岩井さん(フウちゃん)「ドラマとか漫画とかでー、転校する人にみんな〈忘れないよ〉って口を揃えて言ってるけどー、忘れると思うんだよね!今ここにいない人のことをいつまでも憶えてるってことは難しいと思うんだァ。一週間なのか一ヶ月なのか分からないけど、遅かれ早かれみんなの中から消えるでしょ。でもそういうものだと思う。ツラそうな顔するのは簡単だよねえ」

安川さん「“ゴミ“」
岩井さん(ナミ)「最近グミ食べてるときに、あっハードグミ、コンビニで見つけて買ったんだけど、グミって値段に幅あるよね?え、〈幅ある〉って言葉の使い方合ってるかな?えー、“高い/安い“あるよね!で、そうそう、思ったんだけど、〈グミ〉って〈ゴミ〉って言葉にかなり似てない?でも全然意味違くない?少しの違いで大きな違いじゃない?グミかと思ったらゴミ食べてるとかだったらすごいビックリじゃない!?あたしバカじゃない!?」

安川さん「頭の上から小さな魚の容器に入った醤油をかけられ、」
岩井さん(ヒカリ)「やっぱ冷たいのかなあ?」

安川さん「画鋲を流し込まれた上履きを履かされ、」
岩井さん(ウミ)「やっぱ痛いのかなあ?」

安川さん「体操着に靴跡をつけられ、」
岩井さん(フウちゃん)「やっぱツラいのかなあ?」

安川さん「新品の筆箱に油性のマジックで落書きをされていた」
岩井さん(ナミ)「やっぱ“バカ“なのかなあ?」


安川さん「そういう時、あの子は黙って下を剥くばかりで、」
岩井さん(ヒカリ)「分からないなー」

安川さん「抗うように言い返したりやりかえしたり泣いて助けを求めたり、しなかった」
岩井さん(ウミ)「分からないなー」

安川さん「ただ黙って、下を向いて、」
岩井さん(フウちゃん)「分からないなー」

安川さん「時々情けなく笑ったりもしていた」
岩井さん(ナミ)「分からないなー」

安川さん「何にも言わずに……」
岩井さん(ナミ)「うまく喋ったりとかー、バカだからできないんだよねー!すいません!〈すいません〉って言葉覚えれば日本じゃなんとかなるらしいよ!ケインコスギがテレビで言ってた!たしかにーー!!って私思って、たしかに、言葉って何種類もいらないかも!私なんてー〈マジで!〉、〈ヤバい!〉、〈ウケる!〉、〈どない?〉の四種類ぐらいしか使ってないかも!ポケモンみたい!ほらポケモンって一度に使えるわざ四個じゃん!?」

安川さん「あの子はいつもひとりで下校する。加速する電車のスピードで流れてゆく高層ビルを風景に、乙女ロードで買ったナルトの同人誌を読んでいる」
岩井さん(ウミ)「家に帰っても誰もいないから帰らないけど、街にも誰かがいるわけじゃない。私みたいな人間が私だけじゃないってことを確認したくて街にいる。──あっ、壁ドンしてる……」

ナルト「サスケェ!」
サスケ「このウスラトンカチがァ」
ナルト「オレの螺旋丸はもうはち切れそうなんだってばよ!」
サスケ「お前の……“ウスラトンカチ”……でっ、デカい!ああーーーっ!!!」

安川さん「そんなナルトの同人誌も学校であいつらに見つかって、どうやったのかわからないけど燃やされた。燃えカスが、下駄箱のローファーの中に入れられていた」
岩井さん(ヒカリ)「さっきまでお母さんだったものの燃えかすを見て、結局最後はみんなこうなるんだと思うと、生きてることとかに意味なんてさ。なんか……ただ死ぬだけだね。ただ、死んで。あー。まだ生きてる私がいて。あー。〈いなくなった〉っていう。それだけが。あるね。……なんか、泣いたりとかじゃないね」

安川さん「〈なんで泣いたり、怒ったり、しないの?〉あるとき私は聞いてみた。その頃には、ほとんど狂ってると思っていた。校舎の隅、鉄格子の隙き間から見える排水溝に浮かぶ文房具を眺めながら、あの子は下を向いたまま言った」
安川さん「は……なんでって?」
安川さん「いやじゃないの?」
安川さん「いやだけど、しょうがないんじゃない?」

岩井さん(フウちゃん)「まあ、いやだけど、転校とかって、しょうがないんじゃない?結局うちらまだ子供だし。」

安川さん「くやしくないの?なんか、やり返すとかしなよ、先生に言いつけるとかさ、いくらでもさあ、やりようはあるじゃんか。
──汚れた筆箱がそばに落ちている。私は知ってる。あの浮いているシャーペンは、こないだ雑誌に載っていて、すごく大事にしていたやつだ。」

安川さん「──あのさ、本気でそんなこと思ってんの?いくらでもやりようがあるなんて、他人事にしか聞こえないってこと、わかんないの?」

岩井さん(ナミ)「わかんないんだけどォ、〈言葉〉の“葉”って、なんで葉っぱって書くんだろう?葉っぱじゃないじゃん!なんか変だよね!?」

安川さん「──変だよ」
安川さん「私たちは、なにも変じゃない。あの人たちも、私も、みんな普通です。こうでもしないと、みんな耐えられないよ、こんな生活。閉じ込められてるみたい。」

岩井さん(ウミ)「閉じ込められてるみたい。夜はどこにも行けない感じがする。
だからって別にいやじゃないけど」

安川さん「……本当につらくないの」
安川さん「──つらいに、きまってるじゃん」

岩井さん(フウちゃん)「やっぱ辛いのかなー、さよならとかって。でもさ、〈さよなら〉ってただの言葉でしかないと思うんだよね。いなくなることに対して、私たちが身を置く時間は、いなくなる前/いなくなった後 のどっちかでしかないじゃん。“さよなら“っていう時間ってないよねえ。この高校にも、さよならあー」

安川さん「東京・池袋のだいたいど真ん中には、私立の女子高校が建っている」
岩井さん(ヒカリ)「私の光という名前は。どんな時も明るくみんなを照らす光になってほしいという願いからつけられたそうです。」

安川さん「縦に伸びた校舎は高いオフィスビルに囲まれて、校庭はない」
岩井さん(ウミ)「私の海乃という名前は、海のようにいつでも大きな愛を持ってほしいという願いからつけられたそうです」

安川さん「生徒たちは、三年間、ここに、通わなくてはいけない」
岩井さん(フウちゃん)「私の風香という名前は、風が香るように優しく伸びやかに育ってほしいという願いからつけられたそうです。」

安川さん「自分の名前の由来を発表するという授業……」
岩井さん(ナミ)「私の美波という名前は、人の心を癒す美しい波のように、周りの人を和ませる子になってほしいという願いからつけられたそうです。」

安川さん「3階、2年B組。教室。今は、四時間めです」
岩井さん「アインシュタインっているじゃん。アインシュタインの名前の由来って知ってる?」

安川さん「私の……まりという名前は………」
岩井さん「由来って何?意味とかあんの?」

安川さん「えっと……画数で、決めたそうです…………あとのことは、わかりません」
岩井さん「“小石が一個”(笑)(笑)(笑)(笑)」

安川さん「あの子は、クラスの皆から笑われて、4人から笑われて、立ち尽くしていた……立ち尽くしていた。帰り道の電車の中で見た。電車の窓に流れゆくビルの屋上にあの子が立っているのを見た。 遠かったけど、泣いていた。 遠かったけど、今まで我慢していたぶんの涙をぼろぼろこぼしていた。 風景に消えていくその瞬間、あの子はビルから落ちていった」

岩井さん「あ、」
岩井さん「もお」
岩井さん「しに」
岩井さん「てー」

安川さん「あなたは。〈私たちは、なにも変じゃない。あの人たちも、私も、みんな普通です。〉と、言ったね。──じゃあ、あなたを殺すのは、一体何なの?」

岩井さん「〈死にたい〉も〈さよなら〉も、ただの言葉じゃん。人生は何が飛び出してくるか分からない。まるでゾンビのゲームみたい。まるで真っ暗い夜みたい。言葉が葉っぱと書くのなら、それを集めて焚き火して、それでちょっとでも明るくなったら、なんだか気が楽になるじゃん。死ねよ。殺すよ。消えろよ。ゴミ。言っちゃダメなことなんてないよね?あるのかなあ?わかんないなー。あるとしても、わかんないなー。私たち、なーんにも悪くないよねー。燃えろよ燃えろよ炎よ燃えろ……グッ!?」


安川さん「ひとりずつ捕まえた。帰り道を狙ってひとりずつ捕まえた。帰り道、あいつら4人が別れるところを狙ってひとりずつ。インターネットで買ったクロロホルムを嗅がせれば一瞬で気を失う。4人はあそこの、もう使われてない倉庫に隠そう。
手足を縛れば目覚めても動けない。口と塞げば助けを呼ぶことも出来ない。目を塞げば逃げ出せない。ヒカリちゃん、ウミちゃん、フウちゃん、ナミちゃん。イモムシみたいになった4人が転がっている。ヘッドフォンからお前らの、お前らの大好きな言葉を大きな音でずっと聞かせてやる。
死ね!
殺す!
消えろ!
ゴミ!
二四時間を何周も繰り返していつまでも聞かせてやる、あんたたちは言うだろう。
〈私たちはなにも悪くない〉
そうだねあんたたちは何も変じゃないのかもね。特別なことなどなにもない普通の女の子たちで、悪いのは悪いのは悪いのは“言葉“だね、あの子を泣かしたのは、あの子を殺したのは、あの子を突き落としたのは無自覚なあんたたちの“言葉“なんだね。

──いつしか抵抗する元気もなくなって、よだれ垂らしておしっこ漏らして、それでもすぐに死んだりできないまま、耳から流れ込む言葉に、彼女たちは溺れていた……」


──そういうことを考えたら、すこし気分がすっとした。もうナルトの同人誌もお気に入りのシャーペンもない。下を向けば靴跡だらけの体操着が鞄から見えてる。……今日も普通の女の子たちに笑われちゃったな。

あ、また立ってる……。
私はこのまま明日も明後日も、ビルの屋上に立つ私を見るのだろうか?

………明日がくるの、嫌だな。

くるけど。


【了】


【上演映像】オルギア視聴覚室@ CINRA "NEW TOWN" (2017)

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