神様

 トンネルを抜けると、そこは あるぴの市 だった。
 私は今日も今日とてって感じで学校帰りに自転車スイーと走らせて、iPod ナノでPUFFY聴きながら、10 メートルくらいのしょぼくれたトンネルを抜けた。私の iPod ナノはお父さんのパソコンに元々入ってた PUFFY しか入ってない。うちのお父さんはハゲてるし太ってるくせに PUFFY が好きなんだ。

 トンネル抜けてこっからゆるやかな坂です。坂はゆるやかだろうがなんだろうが毎度さしかかるたびにちょっとめんどくさいと思っちゃう。“地形”ってたまにむかつくよね。まあ行くか、慣れたもんだわ、ソレ〜。
 ちなみに、「トンネルを抜けるとそこはあるぴの市だった」と言いましたがこれは今日国語の授業で川端康成の「雪国」をやったのでパクって言っただけでトンネルの前もあるぴの市だったしトンネルの中もあるぴの市でし、た。
 とか、思いつつ。自転車カタンカタンと時々小さく揺らしてよろよろ坂を上ってく私。坂を上ると車道を挟んで向こうの歩道わきにはバカでかいアルピノの文化センターがドデン!といった感じで構えていて、そこを過ぎれば私の家はすぐだ。
 文化センター前を通り過ぎるとき、沢山の人が談笑しながら、しかし列をなして入っていくのが見えた。この街では別に珍しい光景ではない。今日はお祈りの研修かなんかあるんだろう。

 私の住む街は元々はザマ市という名前だったんだけど私が小2の時にあるぴの市っていう名前になった。
 アルピノというのはここいらを仕切っている新興宗教団体の名前で、いつからかこの街にやって来てあっという間にめちゃくちゃ流行って、いまや市の名前になっちゃうくらいだ。アルピノの信者は信仰に程度の差はあれど市民のほぼ100パーセントで、だからアルピノ市は日本初の「宗教が自治する街」なのです。国にはシカトされてるけど市内になんでもあるから市外に出る必要ないので別に困らず、陸の孤島と化している。私も市外に出たことなんか全然ない。

 家に帰るとキッチンテーブルにお母さんからの置き手紙があった。
「地区リーダーの選抜試験に行ってきます。頑張っちゃうわよん」
「わよん て」私は湿度ゼロの乾いた笑いをひとりこぼしながら棚から「食べっこどうぶつ」を1パック取り出し、袋の口を開けながら廊下を抜け、適当に“cow”と“sheep”を取り出し口にポイと入れたところで自分の部屋のドアを開けた。
そのままベッドに倒れ込みつつ iPhoneを取り出す。仲良し4人組「ノーレインノーレインボー」(これはマリアが名付けたんだけどハワイのことわざらしいけど意味は忘れた)のグループLINEに120の新着メッセがあった。どうせココミとアキホがLINE上でコントまがいの掛け合いをしてるんだろう。開いて適当に読み流す。8割がスタンプと絵文字だった。今日はスタンプと絵文字でボケるタイプの掛け合いか。別に面白くはなかったけど「今見たわ www おまえら wwww」って送信しといた。“そういうものだから”。
 LINE閉じて親指を最小限に動かして「ツムツム」を開く。LINEポップ、ポコパンと来て今はツムツムですね。パズドラも根強いけどあれDSでソフト出ちゃったしな。おい、それは裏切りだからな。だからゲームアプリの流行で言うならツムツムですよね。流行ってますよね。クラスのみんなやってるし、ていうか学校のみんなやってるし、ていうかそういえばこないだアプリストアに「全世界で3億ダウンロード!」って書いてあってマジかよと思ったもんな。街から外に出ない私たちが知らない世界でも、私たちの他にも3億人もツムツムやってる人が居るんだ。私はツムツムでグローバルだな。ああ、ダメダメ、集中集中。一分間でどれだけ指を動かせるかどれだけツムを消せるかのこのゲームに雑念を持ち込んではいけない。無にならないといけない。はいコンボ。はいフィーバ-。はいスキル ドン。53 万4649点だった。53万ヨロシク点。ちょっと面白いな。スクショしてグループ LINE にあげようかと思ったけどそんなに面白くもないかもなと思い直してやめた。そんな面白くないわ。
 ていうかツムツムが面白くないよ。システムがパチンコと一緒だもん。ツムツム知らない人はパチンコだと思ってくれればいいよ。同じようなもんだよ。
 つまらないくせになんでツムツムやってるかといえば、やはり”そういうものだから”で、「ノーレインノーレインボー」では週間ランキングで得点一位だった子にみんなでうまい棒を買うっていうルールがある。
 だいたいマリアが木曜までに 150万点とかとるからマリアが多いんだけど。マリア、そんなにうまい棒好きなのかな。私は、一度も一位になったことがない。うまい棒なんて別にいいし、とりあえず40〜70万点くらいをウロウロして、やる気が無いと思われない程度にやりすごしている。
 みんな毎日ツムツムの話ばっかしててすごい。あとはもう恋バナ。みんな彼氏いないけど。でも彼氏なんて恋バナするだけなら必要ない。どこどこの誰々って誰々とナニナニらしいよ。そういう話が私たちにとって恋バナなのだ。結局、みんなやりすごしているだけなのかもしれない。じゃないと退屈しちゃうから。
 青春なんて言葉は私たちには不釣り合いだ。気が合うとか合わないとかじゃなく とにかく皆と折り合いをつけて、浮いたりしないようどっかのグループ入って、退屈を共有しつつ他人事をドラマや漫画でおぼえた事柄に重ねてしゃべるだけ。こないだ3組のエノキダとニシが破局の危機を乗り越えてやっぱヨリ戻したらしくて、それをうけてもう 2万回くらい話した「恋って何?」っていう話題になったんだけど、マリアが「世界で一番苦しくて 世界で一番切なくて 世界で一番幸せなこと」って名言残してココミもアキホもオーってなってた。じゃあ私たちは本当の苦しみも本当の切なさも本当の幸せもまだ知らないんだな、と、私は思った。まあツムツムと礼拝と恋バナばっかだしな。マリアのあれは誰かのの歌詞かな。PUFFYにそういう歌詞は無いので私は名言が言えない。

「てかさてかさてかさてかさ 8 組の中村くん、ミユキのこと好きらしいよ」
 昼休み、小学生の給食時間よろしく机 4 つくっつけてお弁当食べようって時にアキホが言った。私は一瞬、意味が分からなくてマジで「は?」と言ってしまってアッと気づいて「はひ?」とうざく思われないギリギリの声を出した。
「マジで?中村くんって、あれっしょ?あのなんか 1 回 アルピノの神様の作文コンクールで賞取った人でしょ?」
「そうそうそうそう、それそれ!図書委員の中村くん」
「読み聞かせクラブだっけ?なんかそんなやつだよね、なんかめっちゃ本好きそう」
 色めき立つノーレインノーレインボーの面々。お弁当の包み開けるのも忘れて、中村くんについて各々が知ってることが くっつけられた 4 つの机の上に積み上げられていく。一方そのスピードについていけず呆けた顔の私。
「マジか〜〜〜ミユキ彼氏持ちか〜〜ッ」
「つらたんなんですけど〜〜」
「クソが〜〜〜」
 皆ちっともうらやましそうではないけど、かと言ってその中村くんという人をバカにしているわけでもないのだろう。彼女達の声に皮肉や悪意は感じられないから。あるのは純粋な好奇心とヤジ馬根性だけ。
 気がつくと、いつの間にか当然のように私が中村くんと付き合う感じに話が展開していた。すでに「三回目のデートまでにキスするべきだけどそれはミユキの方から促すことじゃないから中村の中の"男"が試されるよね」「ほんとそれ」というところまで進んでいる。
 皆、ちょっと目が血走っていた。興奮しているんだ。
 私が男子に好意を寄せられていることのうらやましさよりも、またしばらくの間 退屈を塗りつぶすことができる嬉しさで満ちあふれてるんだろう。空気の入れ替えをしたノーレインノーレインボーはさわやかで、「また忙しくなるね!」「望むトコ!」「さーていっちょやったりますか!」そんな声が聞こえるようだ。
 ああ、そうか。私は、ノーレインノーレインボーのエサになったんだな。
 それに気づいて少しして、ていうか中村くんで誰だマジで、と私は思った。

 帰り道で、神様を拾った。坂の手前のトンネルの前に落ちていた。
 地べたに横たわるそれはどうみてもクマのぬいぐるみにしか見えなかったが、私は直感でそれが神様だとわかった。これが天啓というのでしょうか。ちがうか。
「食べ物をくれないか……」
 神様はかすれた声で言った。私はちょうどコンビニで買ったばっかりのプリングルスのサワークリームオニオンとペプシコーラキューカンバー味を神様にあげた。神様は布地みたいな口ですぐに食いつくし飲みつくすと、「ふう」と大きく息を吐いた。
「生き返ったよ。ありがとう。きみ、なかなか徳の高いことをした。きっと良いことがある。」
 そう言いながら神様は1メートルほど宙に浮いた。
「おお、浮いてきた浮いてきた。ヤっホ〜」
 そのまま天に上っていくのかと思ったら、私のあとをついて来た。えっマジですかと言うと「私けっこう義理堅いで通ってるしさ」と神様は言った。
「お礼をしないと帰れないよ。義理的に。」

 家に帰るとママのテンションがめっちゃ高かった。アルピノの地区リーダー選抜に見事合格し、来月からは幹部候補生になるらしい。
「そろそろアルピノも県外に布教の幅を広げていこうってなってるらしくて、私は新規開拓地区の新規開拓するリーダーになるのよん。」
 ママは浮かれていた。ママが嬉しそうだと私も嬉しい。夕ご飯が豪華になるから。
「ママ、これ、、、」私は傍にいる神様を指した。ママは一瞬「ん?」という顔をしたが「今日のご飯なにがいい?」とすぐにテンションを取り戻した。
「ステーキ」と答え、私は気づいた。ママには神様が見えてない。神様見えないけど宗教の地区リーダーになるのか、この人。ちょっと面白いなそれ。
「神様、他の人には見えないんだね。」部屋に戻って言うと「そういうもんだよ。漫画とか読んだこと無いの?そういうもんだろ。」と神様は笑った。神様、漫画とか読むんだな。
 ツムツムを消化していると神様は「そんで、なんか願いとか、あります?」と言ってきた。ちょっとツムツムやってる時は話しかけないでほしかったので考えてるふりしてとりあえずで黙ってると「そんなに長くこっちに居られるわけでもないから早めによろしくお願いね」と神様は言い、私の部屋のコンポを珍しそうにいじった。
 流れ出したのは PUFFY の「渚にまつわるエトセトラ」。神様はイントロから気に入ったらしくアミユミに合わせて自分も適当なハミングをしている。
「♪車で駆けてこ キャラメル気分で 弾けるリズムで 気になるラジオは BBC」
「渚にまつわるエトセトラ」が流れる部屋で、道で拾った神様がアミユミに合わせてハンハン言ってて、私はツムツム。なんだこれと思って思わず笑っちゃった。こんなに自然に笑えたのも久しぶりだ。

 一週間後。神様が横にいる生活にも慣れたころ、下駄箱をあけると手紙が入っていた。ひっくり返したその裏には、「2-8 中村・ブルームフィールド・けん」と書いてある。中村くんてハーフだったのかよ。
この一週間ですっかり事情を知った神様も「中村ってミドルネーム、ブルームフィールドっていうんだ」と、手紙を送りつけて来たことよりやっぱり名前にウケていた。「開けないの?」
 私は開けなかった。ノーレインノーレインボーのエサである私は、ここで手紙を開けちゃならない。皆の前で、ドキドキした顔に頬なんか薄く赤らめながら読まないとダメなんだ。
 かいつまんで言えば「今日の放課後体育館の裏で待っています」と、そういうことだった。悲鳴にも似た声をあげるノーレインノーレインボー。
 ココミ「今日がふたりの記念日になるんだね。これからふたりだけのストーリーを紡いでいってね」
 アキホ「私たちのこと、忘れたりすんなよな?私たちは 4 人でノーレインノーレインボーなんだから...ね」
 マリア「恋のはじまりにルールなんて無い。あるのはいつも、ヒントだけ。そのヒントを掴んでいこうね」
 なんか皆別れの言葉みたいなの投げてくるな。しらけてる自分に気づいたのち、私の胸の奥から言いようのないさみしさが、まるで夜の海のようにしずかに波打ちはじめた。
 私はもう皆の中にいないのかもしれない。というより、中村くんの噂がたった時から、皆の中での私は私とどんどん違う人になっていってた。それは端から見たら誤差の範疇かもしれないけど、私にとっては、すごく寂しいこと。中村くんと付き合ったら、もう、昼休みにこうやって机くっつけてみんなでご飯食べたりとか、できなくなるんだろうな。放課後に皆で礼拝行って帰りにガリガリ君食べたりガリガリ君コーンポタージュ味に笑ったりガリガリ君コーンポタージュ味をくわえてるとこインカメで自撮りしたりとか、できなくなるんだろうな。これからの私の思い出には、ノーレインノーレインボーの皆じゃなくて、中村・ブルームフィールド・けん が、いるんだ。
 泣きそうだったけど泣いたら空気読めないみたいになるからグッとこらえた。グッとこらえて、神様の方を見た。神様は、やっぱりぬいぐるみの顔をしていた。

 放課後になった。皆は「後で報告ヨロスク!」と言って、先に帰ってしまった。大事な友達の恋の思い出の邪魔をしたくないという気遣いが、感謝じゃない意味で胸にキて、教室に誰もいなくなってからひとりで泣いちゃった。これからのことを思ったら涙は簡単に出続けた。これからのグループ LINEには、私の知らない話題や写メが、どんどん流れていくことになるんだろう。今ごろ皆帰り道で私の話してるのかな。
 そこに私はいない。いつもみたいにアルピノ自治会館の 2 階でプリ撮ったりしてるかな。ノーレインノーレインボーに私はもう居ない。他人事で恋を楽しむノーレインノーレインボーに、当事者はいらないんだ。
 そうでなくとも、もしかしてだけど、ママが来月から県外で布教をし始めたら、引っ越しとかだって、あるのかもしれない。そうなったらもう皆には会えない。ただでさえ狭い世界に生きている私たちは、そこに居ない人のことをいつまでもそれまでと変わらず扱うなんてこと絶対にしない。どちらにせよ、私はひとりになるんだ。

 私は席を立った。教室を出て階段を降りる。廊下を直進して、下駄箱で靴をはき、校舎から出ると、体育館の前を通り過ぎ、そのまま校門を出た。
「行かないのか?」神様が私に尋ねる。「行かない。」私は答えた。
 校門からふりかえると体育館の横にたっている中村くんが見えた。これでノーレインノーレインボーに戻れるって思ったわけじゃないけど、とにかくよく知らないハーフの男と思い出を作りたくないってそんだけなんだ、私。ごめんね。私あなたのこと、なんにも知らないんだわ。なんにも知らないあなたと「世界で一番苦しくて 世界で一番切なくて 世界で一番幸せなこと」を知ってゆく生活なんて、したくないんだわ。
 自転車でトンネルもむかつく坂も文化センターもぶっ飛ばし家に急いだ。おもいっきりペダルをこいだら少し気分がスッとした。これからはきっとひとりだけど、さみしくなったらこうやっておもいっきり自転車を飛ばそう。目の端には神様が並走して飛んでいるのが見える。きっと大丈夫。

 ひと月後。うちはやっぱり引っ越しをすることになった。県内の別の市に引っ越した最初の日、中村くんをシカトしたことで地獄のような気まずさを一ヶ月過ごした私の口に、口内炎が3つできてしまった。口が痛くて何にも食べられないでいると、神様がどうしたのかと聞くので口内炎が3つくらいできてることを伝えた。すると神様は何故か嬉しそうに笑った。「まかせなさい。明日になったら治ってるから。」
 私はマジかよと思った。こいつ、もしかして口内環境の神様とかなのか。それでこれまでクラスでの気まずさをなんとかしてくれることもなかったのか。あんなに願ったのに。
 でもちょっと待ってよ。じゃあ、もう神様はいなくなっちゃうのかな。私の口内環境整えて、天界なんてあるのかしらないけど、とにかくどこか元いたところに戻っちゃうのかな。
「お礼をしないと帰れないよ。」とはじめて会った時に神様が言っていたことを、思い出した。

 窓の外を見ると雪が降っていた。神様は「おー」とか言ってはしゃいでいる。私もいつもだったらテンションがあがるとこだけど、そんな気持ちにはなれない。これから、こんな知らない土地で、本当にひとりぼっちで自転車をこいだり、もはや何のつながりにもならないツムツムをやったりしてる自分の姿を想像して、子供みたいに雪にはしゃぐ神様もなんかムカつくし、泣いてしまいそうだった。

 翌日。目を覚まして見えたのは知らない天井。ていうかまだ慣れてないから。これからはこの天井にも慣れていくんだろうけど。
 わざとそんな風にどうでも良いことを考えてから、落ち着いて、ゆっくり周りを見回したが、やっぱり神様はいなくなっていた。やっぱり私の口内炎治して、帰っちゃったんだな。

 カーテンをあけると一面まっ白だった。昨日の雪が積もったんだ。
「カーテンを開けるとそこは雪国だった。」なんつって。なつかしいな。
 あるぴの市の皆元気かな。神様は天界かなんかに帰れたかな。いけないいけない、さっそく落ち込んでるんですけど、私。
 ふと見ると、ぬいぐるみが庭で雪だるまをつくっていた。神様だった。めちゃくちゃ楽しそうに、ちいさな体いっぱいにつかって雪玉を転がしている。
 私はたまらなくなって窓を開けた。
「神様っ。」
 その声にギクッといった感じになる神様。見つかったかとでもいうようにこっちを見る。
「いつまでそばにいてくれるの?」

 神様は困った顔をしながら、つくりかけの雪だるまと私を交互に見て言った。
「……もうちょい。」

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