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【禍話リライト】 帰って来る女

この話は、語り手が通っていた九州にある某大学の文芸研究会のOBのお父さんのお話。

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そのお父さんをここではAさんとしましょう。

Aさんというのが転勤族で、家族を残して九州圏内あちこちを単身赴任して、もう何回、どこに転勤したかわからないくらいだという。

そんなうちの、一つのアパートの話だ。

転勤しまくっているし、会社からまたいつ転勤するように言われるかわからないので、いつでも空きがあるような、マンスリーというか、人住んでるのか? という雰囲気や外観で、趣があるというか――ようはそんなボロいアパートを仮住まいにすることが多かったという。

そのときのアパートはひときわだったらしい。


ボロい鉄板を貼り合わせただけに見える廊下や階段は、よほど太った人が通ったり踏みどころによってはヤバいんじゃないか? そう感じさせる状態のだったという。

その時のアパートは“なにか”がおかしかった。

実際にアパートがおかしいのではなく、そこで暮らしている間、Aさんの状態がおかしくなっていたのだという。

仕事疲れたなぁ、と帰宅する。その後、毎回記憶がないのだという。

えっ? と気が付けば、スーツのまま、朝。
家の中に入り一息吐きつつネクタイをほどいた状態だったり、ひどいときは帰宅してすぐの玄関で意識を失う。
Aさんは『俺やっぱり単身赴任ばっかりで疲れてるのかぁ? 整体でも行くかなぁ』なんて考えていた。


これまでの転勤生活ではあまり無かったのだが、転勤先の年下の後輩、Bさんと仲良くなった。
ある時、AさんとBさんはどこぞの居酒屋で飲み、そのあとAさんの家で飲みなおそう! という話になったのだという。

コンビニでお酒やら乾物やらを買ってAさんの家に。さぁ飲みなおそうか! と部屋の中へ入ったというところでAさんはまた意識を失った――らしい。

次に気が付いたのは、朝日の眩しさと頬を何度も叩かれる感覚だった。

頬を叩いているのは昨晩より髭が伸び、テカテカと皮脂が浮かんだ、顔面蒼白なBさんだった。

『ちょっ! ちょっと! Aさん! Aさん! ここヤバいですよ!』

平手ではなく半ば握りこぶしでもうほぼ殴られているような状況。そんな勢いよく人は喋れるのか、とぼんやりした頭でBさんの話を聞いてると、

『ここ家賃いくらなんですか!? 絶対事故物件ですよ!』

え、なになに?なんかあったの? ごめんなぁ寝ちゃって。

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Bさん曰く――。

さぁ飲もう! と言った瞬間にAさんがパタンと倒れてしまったものだから、Bさんは一瞬、心臓とか脳の病気かな。そう考えたが、Aさんがグースカ寝息立てていた。

『ストレスとか疲れとかたまってるのかな? でもどうしようかなぁ』と思って揺さぶってみたり大きな声で呼んでみたが、Aさんは起きない。

しょうがないなぁ、と思い自分が買ってきた分のお酒でも飲むか、って缶ビールを開けていたら、さっきAさんと一緒に上ってきた、鉄板みたいな薄い階段と外廊下を遠くからカツンカツンカツンカツン、カンカンカンカンって、すごく響くハイヒールで歩く音が聞こえてきた。

ここ男性ばかりだって聞いてたけどな、なんて思いながらビール缶を傾けると、カンカンカンカン、と今いるAさんの部屋の前で足音が止まった。

あれ? と後輩はもしかしてAさんにこんな時間に用事がある人、ひょっとして愛人?――結婚もしてるのにAさん悪い人だなぁ、なんて失礼なことを考えた。

――けどAさんは寝ちゃってるし、俺関係ないし、気まずいなぁ。しかも鍵もチェーンもかけちゃったし。もし合鍵なんか持ってたらチェーンで引っかかっちゃうなぁ。面倒だなぁ。
などと、どうしようと考えあぐねていると、案の定ハイヒールの人は玄関前でガチャガチャやり始めたという。

――あぁ、めんどくさいな、気まずいな。
そうBさんが思っていると、次の瞬間に鍵がカシャンと開く音がした。これは合鍵を持っていたならまだわかる。そのあとにチェーンがちゃんと機能を果たし、ドン、ドン、と鈍い突っ張った音が聞こえた。

どうやり過ごそうか迷ってる間により面倒なことになっちゃったぞ
――まぁ用事があるならAさんの携帯にでも連絡するだろう。それまでやり過ごそう。
と思っていると、次の瞬間、妙なことが起きた。

ガチャン、という音と軽くて小さいものが当たる音。チェーンが外れたのだ。
そして扉が開き、閉まる音。

ほんの短い数拍置いて、
 
ぺた  ぺた
  ぺた  ぺた

と、玄関から自分たちがいる部屋へと続く短い廊下を、フローリングを歩く音が聞こえた。

チェーンの掛かりが甘かったのか? どうしよう入ってきちゃったなぁ。って、自分の想定から外れた妙な出来事が起こり、何もできずにいるなか、歩数的にそろそろ顔が見えるかな、入って来るかな、というところでUターンしたのか、玄関の方へと遠ざかる足音と、ハイヒールを履くような音、そして玄関を開けて閉じる音。そしてカンカンカンカンカツンカツンカツンカツン遠ざかっていって

いったんなんだったんだ、気持ち悪いな…

いったん玄関まで行き、鍵をかけ、こんどこそちゃんとチェーンを掛けたことを確認して部屋まで戻った。

どうしようか、まだお酒なんかは残っているが帰ってしまおうか、でも鍵どうしよう、なんて考えていると、


カツンカツンカツンカツン、カンカンカンカン……

また来た!

玄関でガチャガチャする音が聞こえた。
驚きつつも耳をすませると、また妙なことだが鍵穴に鍵を入れずにつまみをひねってカシャンと開錠したような、まるで誰かが内側から鍵を開けたような音がした。

玄関の郵便受けから手を突っ込んで開錠する手段があるらしいが、今度はちゃんとチェーンを掛けたから大丈夫だ、たとえどんなに手が細長い人でも無理――と思うが早いか、ガチャン、とチェーンが外れる音がした。
続いて先ほど聞いたハイヒールを脱ぐ音、そして廊下を歩く音。

Bさんはそのときに、今回は音の主は絶対に部屋に入って来るな、そうと思った。

ここまで来て少し肝が据わったBさんはどうせ来るなら音の主、正体を見てやる、そう思った。半ばやけ気味だ。

中腰の姿勢で廊下と玄関の堺を横から見据える。さぁ来い、さぁ来いと身構えていると、

ぺた  ぺた
  ぺた  ぺた

そろそろ顔が見えるぞ、いよいよだ!
そして、ぬっ、と顔が見えた瞬間から記憶がなくて、気が付くと先ほどまでの姿勢のまま金縛りのようになっていて筋肉が硬直していた。時刻はもう朝方になっていた。

なんだったんだ今のは、って廊下に居たらどうしよう、って思ったんだけど玄関を見に行ったらやっぱりチェーンは外れてた。

なんだったんだ、という恐怖が次第になんてところに連れてきたんだ、とAさんに対する怒りになり、なかば殴るような勢いで頬を文字通り叩き起こし、ことの顚末を話したという。

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それを聞かされたAさんは、じゃあ自分がこれまで帰宅してすぐ記憶を失っていたのは、防衛本能か、“それ”のせいだったのか。と。

部屋を管理する不動産屋へその日のうちに乗り込み、どういうことだこの野郎と言わんばかりに問い詰めると、

あぁ、すみません。その部屋で死んだんじゃないんで……。

現在は社宅のような、法人向けや、短期の住人向けになっているそのアパートだったが、昔は夜の商売をしている女性向けだったという。

かつてAさんの部屋には海外から来ていた住人が暮らしていたのだが、ある日病気になり帰国、そのまま帰らぬ人となってしまったという。

それからというものその部屋に入った住人たちは体調をすぐ崩して退去、高回転の部屋になったという。
Aさんも単身赴任で短期ということでその部屋をあてがわれた。とのことだ。

バカヤロウ、と、Aさんはその後、別の安アパートに変えてもらったという。

そんな、以前の住人が帰ってきてしまうアパートが九州にはあるという。

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幽霊にはチェーンは効かないですね、そう語り手は話を締めた。

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この記事は、ツイキャス「禍話」のyoutubeチャンネル、『禍話の手先』様

https://www.youtube.com/channel/UC_pKaGzyTG3tUESF-UhyKhQ

へアップロードされた内容から書き起こした二次創作となります。

該当回『禍話第0回』もしくは『禍話フラグメント (幻の第0回)』

https://www.youtube.com/watch?v=LSRg_M-xIOw

誤字脱字衍字そのほか問題ありましたらご連絡ください。

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