てきとうに暮らす日記 9
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てきとうに暮らす日記 9

 1週間ぶりぐらいに富士山が見えた。建物の隙間にちらっと見える程度なのやけど、そんなに高いところでなくても富士山が見えるのは東京に住んでるという感じがする。昨日の大雨は、富士山の周りでは雪やったらしく、真っ白になっている。桜が開花するあたりから富士山が見えなくなって、もう冬も終わったんやなと思っていたから、くっきり見えてうれしい。でも、お昼過ぎぐらいには空気が不透明になって見えなくなった。夏の間は、富士山はない。
 午後に近所の住宅地を少し歩くと、あちこち花が咲いてた。つつじや八重桜やはなみずき。はなみずきはなんかあんまり好きではないのやけど、八重桜はそめいよしのよりも好きで、見つけると楽しい。そめいよしのはいっぺんに咲いて気が急くので、いろんな種類を植えてくれたらええのにといつも思う。今年は造幣局の通り抜けも中止らしい。あの道に誰もおれへんのやなと想像してみる。
 魯肉飯を作る。るーろーはんと打っても変換せえへんからGoogleで検索してコピペしてる。台湾ではほんまは違う漢字を使うらしい。作るというてもカルディで売ってたルーロー飯の素で豚肉炊くだけ。かなり八角が効いてて、台湾のごはんのにおいがします。
 わたしはこういうこれだけでできる的な調味料が好きでというかよう使う。カルディとかのちょっと変わったやつだけじゃなくて、スーパーでよう見るCook Doとかうちのごはんとかそういうやつ。こないだあれがおいしかって、と言うと、日常的に家事をするのでない感じの人からそんなの買わなくたって○○と△△があればすぐできるよ、と返ってくることがちょいちょいあるんやけど、違うの。できるのは知ってるの。麻婆豆腐も豆板醤とか甜麺醤とかで作れるし、家にもあるの。こういう合わせ調味料的なものは、作れないから存在してるのではないのです。スーパーで売ってるの見たら作る気がするから存在するのです。パッケージの写真見て、麻婆にしたって「四川風」とか「広東風」とかなんかちょいちょいくっついてる形容詞で、あ、ほな今日はこれにしよかな、と思うためにある。毎日家族のごはん担当してると、いちばんしんどいのは献立考えることです。先週ぐらいにツイッターで、子どもがごはんにあれこれ言うてくるからじゃああんたが毎日考えてって言うたら4日目ぐらいに音を上げてもういやだと泣きだしたという話(だいたいこんな感じのこと)がバズっていましたが、それ。家事なんて簡単にできる、みたいなことを言う家族分の家事担当じゃない人(男の人というだけでなく、若い人とか、そういう環境にない人とか)がときどきいますが、1年間4人以上の家族の家事をやってからにしようよ、と思う。ときどきやるのと毎日何年もやるのは違うし、他人、しかも複数の都合を相手にやるのもすごい困難なことやと思う。子どもはいてないわたしがえらそうに言われへんけども、それでもめっちゃ大変やん、ちっちゃい子いてたらこんなんどうやってやるん、て毎日家庭を維持してる人には尊敬の念しかないです。
 で、合わせ調味料の類は、あ、それ作ろう、って気持ちをすごい助けてくれるものやと思う。野菜と肉の組み合わせ見るだけで、違うもんね。そもそも、現代日本の家庭料理、がんばりすぎやし種類多過ぎやねんな。昔の日本て、そんな種類ようさん食べてへんかったし。毎日同じようなメニューやったやん、たぶん。魚とみそ汁とごはんぐらいの感じやん。現代は和洋中なんでも作りすぎ。子供のころ、家に「365日の献立」って分厚い本があって、それ見ながら作っててんけど、毎日違うもん食べるっていうだけで無理がある(こういう本やレシピ本も、何作るかやる気を起こすためのものやんね。この本はぱっと開いておみくじみたいにして使ってた)。この数年、あちこち外国に行く機会があったのですが、そないいろいろ食べてないとこも多い。ドイツやと、朝と昼は基本火を使わなくて、パンと、せいぜいそれにハムとかチーズとか挟んであるくらい。「朝から温かいものを食べるのは変な感じがします」とイベントの手伝いをしてくれた学生さんは言うてはったよ。
 ほんで魯肉飯ですが、書いてあるとおりにバラ肉で作ると、脂すごい!冷えてきたときに表面で固まるラードの層すごい!それを取るのもおもしろいし、脂がけっきょくのところはおいしいのやけど、わたしはカレー用て書いて売ってる塊のやつで作ってます。なんやろ、すねとか肩とか? そうすると、冷えてもラードの塊ほとんどできへんので、脂少ないんやなーと。挽肉でもできますって書いてるから一回挽肉でも作ったけど、すごい脂の層できて、しかも挽肉と混ざり合うから取り除くのも難しいかって、脂気にしない人は全然いいのですが、少なくしたい人はある程度塊のほうがいいです。(写真のファイヤーキングのマグカップは特に意味はないです)
 緊急事態宣言が出て当分休業となっていた書店が、休業要請の業種に入らなくて時間を短縮して営業することになったり、そのまま休業になったり、あるいは、古書店は広さによって違ったり、混乱しているというか、政府や都の対応が曖昧だったりころころ変わったりして翻弄されているような感じで、他の業種も含めてどれだけ大変な状態やろうと想像するだけでつらくなる。それが、きっちりと感染症対策で論理的に決められていればまだいいけれど、見ている限りでは業界と政治家とのつながりとか政府と自治体の力関係とか、別の理由で、不透明に決定されてるようように思え、結局は、営業するにしてもなにかあったら開けた責任、休業して経営が厳しくなっても要請だから自己責任みたいになるのはほんとうにやりきれない。そんな中で、働いている人がいて、今後のことを心配しながら休んでる人がいて……。夜になってちょっと外へ出ると、平日はやはり人がとても少ない。休業の張り紙が、日曜よりもだいぶ増えていた。

(4月14日のぶん)


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