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怖い夢の話

「明晰夢」というものをご存知だろうか。

明晰夢とは「自分で夢であると自覚しながら見ている夢」のこと。

慣れれば夢の中の自分もコントロール出来るようになり、自由自在に、思うままに動くことが叶うそうだ。

明晰夢は心理的な治療の一つとされ、やり方についての本なども出版されている。興味のある人は読んでみると面白いかもしれない。

私はこれまで明晰夢というものを見たことがない。記憶に残る夢も取るに足りないもので、強く印象に残ったこともない。

あるとすれば、仕事に追われメンタルがやられている時期に、やたらと遅刻する夢を見たくらいだ。あの時期は本当にその夢が多く、何度冷や汗をかいて心臓をバクバクさせながら飛び上がったか分からない。あれは本当に悪夢だった。

とはいえその夢も本気で「遅刻する!!!!」と思っていたので、「これは夢だな」という自覚はなかった。夢だと自覚できれば余裕ぶっこいて、夢の中でもう一度布団に潜り込めた。

最近は眠剤を内服して寝ているので、寝入りは実にスムーズで、夢を見ずにストンと眠りボヤボヤと起きるのが常だ。

それがなぜか今日にきて、明晰夢を見た。

「ああ、これは夢だな」と思いながら行動していたので、多分明晰夢というもので合っていると思う。初めての感覚の夢だった。

ただ、「夢の中で好き勝手できるぞワッショイ!!!!」とエンジョイ出来たのなら良かったのだが、少し、方向性が違った。

正直、めちゃめちゃ怖かった。

なので忘れないうちにこの体験を書いておこうかと思う。怖かった。


私は教室である授業を受けていた。

教室は一般的な、世の中の人が想像するような構造をしており、きちんと列にならんだ学習机の前には私の他に3人座っている。

教師の顔にはモザイクがかかっており、指示棒で指すのは黒板ではなく大きなホワイトボード。そこには救命救急の仕方が書かれており、どうやら私はその講座を受けているようだった。

私はその時点で、「これは夢だ」と漠然と思った。

自分の視点と、いわゆる神の視点が入り混じった複雑な居心地だった。

ぼんやりとしているが、身体は動かせる。私はきちんと講座を受けて、ダミー人形での胸骨圧迫もしてきた。

その講座が終われば解散となり、私は教室から広いグラウンドに出た。そこには一台の車が停められており、黒人系のおじさんが傍にいる。車は田舎でよく使われているような軽トラで、白い車体の所々には泥と汚れ。おじさんは私と目が合うと、こっちに来るように顎をしゃくった。「はぁ」と生返事をしながらも、私は言われた通りにした。

その時の私は不信感や不安よりも好奇心が勝っていた。「どうせ夢なんだから、何をしても大丈夫だろう」という気持ちが後押ししたのもある。

おじさんが先に車に乗り込んだので、これは乗れということだと解釈して私も助手席に乗り込んだ。

おじさんは何も言わずに車を発進させた。

おじさんはもじゃもじゃの黒髪に太い眉、団子っ鼻にホームベースのような顔の輪郭をしていた。厳しそうに眉間に皺を寄せている様子は不機嫌そうにも見える。

普段なら萎縮してしまうところだが、何せこれは夢だ。私は気楽な思いで車内を見回したり、変わっていく景色を眺めた。町中から山道へ、特に海沿いに出た時の景色はとても美しく、素直に感動したのを覚えている。

車は海沿いをぐんぐんと進み、時々道に積まれたドラム缶を弾き飛ばしたり、凸凹道を有無を言わさず突き進んだりした。ドラム缶に突っ込むのはおじさんの運転が荒いわけではなく、そこらの住民の管理不足なのか、そこら中に積まれていたからだ。他の車も同じようにしていたから、そのような土地柄なのかと思う。最初は驚いたが、次第にマリオカートのようで楽しくなった。

移動の最中おじさんは喋ろうとすることはなく、ただ前を睨むように真っ直ぐ見て運転をしていた。

それが少し寂しいなと感じ始めた時、ふと周りから音楽が聞こえるようになった。

いわゆるファンクミュージックのようなもので、道を歩く人も曲に合わせて拍子を取ったり踊ったりしている。その音をはっきり認識するようになってから、車に積まれた古いラジオからも曲が流れるようになり、あの厳しそな顔をしたおじさんも時折手でリズムを取り始めていた。

私は興味深くなっておじさんに聞いてみた。

「おじさん、この曲は有名なの?」

おじさんは少し戸惑った様子を見せてから、頷いた。

「国で人気の歌だよ」

「そうなんだ」

「そこら中にあるスピーカーから流ているだろう。だからみんな知っているんだ」

確かに、道の所々には電柱のようにスピーカーが立っており、そこから曲が流れていた。咄嗟に「プロパガンダ」という言葉が浮かんだが、道行く人々が皆楽しそうに踊っていたため、すぐに取り消した。なにはともあれ、楽しいのは良いことだ。

おじさんからリアクションがあったことで私は嬉しくなり、会話の継続を試みた。おじさんは基本的に「ああ」「そうだな」という相打ちばかりだったが、反応はしっかりしてくれた。

そんなおじさんに、私は「おじさん、日本語上手だね。日本人?」と訪ねてみた。

その質問におじさんはひどく驚いた顔をして、なぜそう思うのか聞き返してくる。

「だっておじさんすごく日本語上手だから。てっきり外国の人かと思ったけど、生まれは日本なのかと思って」

そこらを歩く人々はおじさんと同じように黒人系の肌の色をしており、街の様相もおおよそ日本のように整備されてはいない。なのでここは日本ではないとは思うのだが、どうなのだろうか。

おじさんは少し間を置いてから、「勉強したんだ」と言った。

「生まれも育ちも日本じゃないけど、日本語は勉強した。それと、韓国に二年間いたから韓国語も出来る」

「そうなの⁉おじさんすごいね!!」

私がはしゃぎながら拍手すると、おじさんはちょっぴり照れた様子だった。

それからまたしばらく車は走って、傾斜の高い丘を頑張って登った。車が止まったのは小高い丘の上の小綺麗な民家で、丘からは港町と海が見下ろせる。

おじさんは「ここだ」と言って車を降り、私もそれに続く。胸いっぱいに息を吸うと潮の匂いが爽やかに感じられて、とても心地よかった。

私はおじさんの方を振り返ったが、気がついたらおじさんはいなくなっていた。見回せば、おじさんは同い年くらいの男の人の集まりに混じって、サッカーを始めている。

そうか。おじさんの役割はあくまでここに私を連れてくることで、ここまでなんだ。

寂しさを感じながらもその場を後にして、私は人気のある港に向かって歩き始めた。

最初こそ「海にでも入ろうか」と思っていたのだが、ふと、夢の中で海の冷たさや心地良さに浸ると戻ってこれなくなるのではという懸念が浮かんで足を止めた。何となくゾワゾワと嫌な予感がして、海に入るのは諦めた。

なら、次はどうしようと考えて、私は家に帰ることにした。

来た道を戻れば帰れると思った私は、最後に通ったトンネルを目掛けて黙々と歩き出す。

空を自由に飛びたいなと思ったが、無理であった。

うまくいかないものである。

だが、トンネルに辿り着いてから問題が起きた。

どう見ても、さっき通ったトンネルではないのだ。

トンネルを抜けた時に見た看板は、ウェンディーズバーガーのような可愛らしい女の子が描かれたキャッチャーなものだったが、違う。

雨風に晒されて劣化したように錆びつき、そこに描かれているのも、目元が見えない黒髪のおかっぱの女の子だ。

それにトンネル全体に蔦が這い回り、誘い込むように外まで蔦を伸ばしている。中も墨をぶち撒けたように真っ黒で中が見えず、近くにいるだけで怖気が走るほどにおどろおどろしい外観をしていた。

私は、これはまずいと思った。

咄嗟に踵を返して距離を取ろうとすると、同じように顔を真っ青にした女性が足早に私の横を通り過ぎる。

「違う、違う、こんなの違うわ」

と震える唇で唱えながら、その女性はスマートフォンを必死にタップしている。ハイヒールで支えた身体がひどく不安定に揺れていて心配になったが、とても声を掛けられる様子ではない。

女性はパッとスマホを耳にあて、どこかに電話をし始めた。

「どうなってるのよ!!!!こんなの聞いてないわ!!!!」

ほぼ絶叫に近い声に私は思わずびくりと怯え、こっそり身を屈めて会話の様子を伺った。女性はヒステリックに電話口に叫びながら必死に訴えている。

どうやらこの女性もこのトンネルの異様さに気付き、どうにかするように説得しているようだった。

「はぁ⁉あの番号に掛けろですって!?あんた私の事を殺す気⁉これは夢なのよ、夢でもそんな目にあわせられるなんて、冗談じゃないわ!!」

私はとても驚いた。あの女性も、これを夢だと認識しているようだった。

もちろん、私の夢が作り出した存在だったのかもしれない。それでも「夢だ」と認識しながらあそこまで取り乱す状況などただ事ではない。私はより一層注意深く耳を傾ける。

「え…?いや、いやよ、そんなことを言いたいんじゃなくて、ちがう、ねぇお願い…どうにかしてよ、貴方ならなんとか出来るでしょ…お願いよ…」

女性は途端に戸惑ったようになり、怒鳴り声が懇願に変わった。頼むから梯子を外してくれるなと表情が歪む。

「ね…ねぇ、ちょっと、聞いて―」

そこまで言って、女性は止まった。恐らく、電話を切られたのだと思う。

女性は呆然と、そして次第にさぁっと顔を真っ青にして取り乱し始めた。髪を掻き回し、低い唸り声を上げ、身体を捻って苦しんでいる。

まるで取り憑かれたような様子が怖くて、私はやっぱり声を掛ける勇気がなかった。

やがて女性はゆっくりと顔を上げて「そうよ、夢…夢なんだから、大丈夫よ…」とぶつぶつ呟いて、覚束ない指でスマホの画面をなぞり始めた。どこかに、電話を掛けようとしている様子である。

ピッ、と電子のダイヤル音が聞こえて、次にトゥルルルと電話接続の音がする。

私はそれを、息を呑んで見守った。

プツプツという途切れ途切れの音の後に、女の子の声がした。

だが、女の子の声がしたという事実しか分からない。

妙なことに、その女の子がどんな声だったか、どんな言葉を言ったか私が認識することはなく、私にはただ「女の子の声がした」という事実しか伝わらなかった。

女性は女の子から返答があったことにひどく動揺しながらも、もたつきながら「あ…あの…ええと…」と一生懸命に状況を話そうとしている。

私はそれを影から見守っていたのだが、女性に異変が起きた。

突然、

「あああああーーーーーーーーーー」

と断末魔を上げたかと思えば、「ががががが」と謎の機械音を口走りながら頭を、捻り始めた。

到底、人間ではあり得ない角度だった。

カクカクと震えながら顔が10度20度と傾いていき、そして90度を超える。ミチミチと何かが無理矢理引っ張られる音がして、私は咄嗟に耳を塞いで頭を伏せた。悲鳴は出してはいけないと、本能的なもので理解していた。

そして必死に「もう起きよう、もう目を覚まそう」とした

が、

出来なかった。

どうやっても、夢が途切れることが無い。

自力で目覚めようとしたが、無理だった。

頭を苛むような音と声に耐えながら、私は必死に目を瞑った。

早く終われ、終われ、終われ、終われ。終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ。

そう必死に祈っていると、やがて音が止まった。

恐る恐る顔を上げるとそこに女性の姿はない。

代わりに、立っていた場所に、黒い粘液状の物がこびりついている。


私は怖くなって、何度も必死に起きようとした。

ふわっと意識が浮いて「うまくいった!!」と思っても、必ず引き戻される。いよいよ私はパニックになって、それが余計に覚醒の邪魔をした。

港町に戻ろうにも、足がどうにも動かない。

この先に進むしかないと、目に見えない力に強制されているようだった。

もう怖かった。本当に怖かった。なんなら泣いていたような気もする。

トンネルの中からはボコボコと音がして、あの女性がいた場所に残ったのと同じような、黒い粘液がボタボタと落ち始める。盛り上がった黒い部分はフジツボのようにびっちりと貼り付き、そこから目玉が見えた時なんか本当にもう「終わった」と思った。

もうだめだ。にっちもさっちもいかない。

きっとあのトンネルを潜らないと帰れないし、起きられない。もう無理だ。

あまりの絶望感と後悔に身体はガタガタと震え、思わず吐きそうにもなる。

あの女性はどこに電話を掛けたのだろう。誰なら助けてくれると思ったのだろう。オバケから助けてくれる花子さん的な人がいるのだろうか。適当にダイヤルを押せば繋がったりしないだろうか、ああやっぱりあの時に声を掛けておけば―

ちなみに私はとても臆病なので、霊的なものを信じていない。世の中にはあるのだろうが認めたら寄ってきそうなので、少なくとも、私の周りで起きるはずがないと信じて生きている。

だけれど、この時ばかりは少しでも退治方法について興味を持っていれば良かったと本気で思った。

そんな時。


ファーーンッと車のクラクションが辺りに響き渡った。


私は何が起きたのか分からず必死に辺りを見回し―そして見つけた。

白塗りの数台の車が、猛スピードでトンネルに向かって来ているのを。

車は普通車やら軽トラやらで種類は違ったが、どれも皆、汚れが一つもない真っ白なボディをしている。それらがトンネル目掛けて一目散に走ってくるのだ。

私は理解できないまま、咄嗟に「これだ!!」と思って軽トラの荷台に飛び乗った。

現実では絶対に出来ない技というか、そもそも犯罪になるのだろうが、夢の中の私は出来た。この時ばかりは夢様々である。

それから荷台にしがみつく様に身を伏せて、必死に周りを見ないように目を瞑った。閉じた瞼の裏でさえも「何かしらの黒いもの」「何かしらの目玉」が見えたが、それも必死に見ないようにした。

車は猛スピードで駆け抜け、その黒いものを引き剥がすように突っ切っていく。

そしてトンネルの先から白い光が見え始め、わっと視界が白く染まった。

太陽の下に出たのかあたたかな日差しも感じ始め、爽やかな潮のにおいも戻ってくる。

ああ、あのトンネルを抜けたんだ。

そう確信した瞬間、チェーンが切られるガキンッという鈍い音が響いた。あっと思ったときには身体が車から放り出される。

「わぁああああ」

と情けない声を上げてはっと目を開けば、


そこはいつもの寝室だった。


いつの間にか私は夢から目を覚ましていた。


起きた直後は夢か現実が区別がつかず、スマホを確認したりペタペタ床とか壁に触ってみたりして、一生懸命確認した。

まだ夢なんじゃないかと思うと怖くて仕方がなかったが、こうして文字を入力できているので、恐らく現実なのだと思う。


いやもう本当、めちゃくちゃ怖かった。


これまで生きていた中で一二を争うくらいに怖かった。選択肢間違えたら本気で死ぬと思った。


明晰夢も慣れたらいい展開の夢が見られるとは思うのだけれど、もうしばらくは大丈夫です。要らない方の、大丈夫です。本当。

普段ホラー展開なものに触れていないだけに、恐怖と衝撃はかなり大きかった。

あまりにも怖かったので、霊的なものに効くと噂のファブリーズも買っておこうと思った。「来る」というホラー映画にも出ていたらしいし。

あと、調べると「下ネタを叫ぶ」とか、「びっくりするほどユートピア叫ぶ」とか「全裸でケツドラムをする」といった除霊方法があるそうです。試したくは無いです。

しかし背に腹は代えられません。

皆様も、もし、そのような状況に陥れば是非試してみてください。

そして効果があれば教えていただけると幸いです。

長文ですが、読んで下さってありがとうございました。怖かったです。




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