見出し画像

V呑み直後の酔いに任せるとどんな文章になるか

今V呑みの配信が終わった、ベルさんがべろべろモンドになったからね。

酒が回ってとってもいい気分。でもまだ眠くはないのだ。

社会人になっちまってお開きまでV呑みを見れたのは久しぶり。色々思うことはある。

梅酒2杯。焼酎1杯。スルメ一枚。チューハイ1缶。この浮つきのままキーボードを叩いたら、どんな文章になるんだい。

そんな日記のような、散文?エッセイ?よくわからんが酔いに任せて書いてみようか。

筆遅いから空が白んだらやだな。書き終わる頃に気持ちも白けてないといいが。キーボードでも筆が遅いって言ってイイのか?


V呑み楽しかったなあ。一番リアタイしたい配信だよね。

オンライン飲み会、やったことないけど。V吞みがその代わり。

初期の頃はなぁ、待機所が賑わってたんだ。0次会とか言って。色々くだらないことをチャットしながら、配信開始まで盛り上がってたもんだ。開始時刻が近づいてくると、お下劣な話題は控えようとするあのわざとらしいノリ。結構楽しかったよ。

最近じゃあ、あんまり待機所の賑わいってのはないのかな。自分はなんとなく、お決まりの面子しか現れない、リスナーがリスナー自体に言及する雰囲気になってから、何となく待機所でははしゃがなくなったな。V呑みの度に待機所を覗くんだ。だけど、いつぞやほど流れは早くなくって、何となく、話題提起のコメントは打てないまま、酒は冷蔵庫に入れたまま、開始時刻を待つのさ。

別に悲しくはないさ、そういう時代もあったねという話。

待機枠でちょっちいい思い出があるんだ。コメントが待機勢にウケたってだけなんだけど。

リスナーのマナー的な流れになってたんだっけな。それを見てこんなコメントをした。

「コメントのマナーとかけて肺の健康と解きます」

ノリがいいもんで、「その心は」とコメントしてくれる奴がいた。

「たばこ(煙草・他箱)はほどほどに」

うまいもんでしょ。



なんだろなあ、お酒と配信の楽しさって。

配信見ながら酒飲むのが一番楽しいんだよな。

酒は感受性にバフがかかるよな。楽しいはもっと楽しい。悲しいはもっと悲しい。情緒不安定とも言うのかもしれない。

だからOTNが好きだったし。ドリクラーズがクソほど面白かったんだ。馬鹿みたいに笑った。

古参アピールは嫌われるからと、言っていなかったことを声を大にして言ってやる。にじさんじを追っていた俺の自慢だ。

#社起きろ を2回ともリアタイしたんだぜ。

アホな状況に笑いながら、最悪の事態が頭の片隅に残り続ける奇妙な感覚。そして大団円。きっともう味わえないあのカタルシス。

そしてだ、これホントなんだぜ。嘘じゃないんだ。自分がリアタイに執心するようになったきっかけさ。

ゼクシィジョルノのコメントは俺がしたんだぜ。

あの場にあった面白のエネルギーはドリクラーズの賜物さ。俺の功績なんてないなんて勿論わかっちゃあいるさ。でもあの面白のタイトルに自分のコメントが採用されたなんて、嬉しいじゃないか。
パンパンに膨らんだ、面白の風船。その破裂の針穴になれたようで嬉しいじゃないか。



OTNは終わった。


配信を見ながら酒を飲まなくなった。

別に飲んでも良かったんだけど。乾杯の合図がかからなかったから。

Vを見た。

楽しかった。

Vを見た。

楽しかった。


酒は飲まなかった。




V呑みが始まった。


乾杯が聞こえた。酒を飲んだ。馬鹿みたいに笑った。


酒紹介が好きだ。ツマミ紹介が好きだ。

ドラフトが好きだ。

ただただ手のかかる舞力が好きだ。面倒見のいい司が好きだ。みんなに可愛がられてるあっくんが好きだ。結構抜けてるとこもあるベルさんが好きだ。一番最初は自分の無知と偏見から、スキャンダラスなノリを持ちこみゃしないかと警戒してしまったけど、コーサカが好きだ。もっと長々と色々講釈してくれ。

タマキンの一言が好きだ。すぐに「○○いる?」「○○起きてる?」ってコメントする奴は分かってないんだよ。どう良いかって言うのも野暮だからあんま言わないけど、ああいうスタンスでもいいって雰囲気がどんだけ心地いいか考えてみようや。感じてみようや。タマキンが好きだ。タマキンが好きだ。

折に触れて、ライフ先生に「この人ってすごい人なんだよなぁ……」と思わされるのが好きだ。

みんな好きだよ。マスターも、ゴリラさんも、今回来てくれた教授も。


V吞みどう楽しいか、書こうと思えばいくらでも書けるけど、あんまり書く意味もないんだ。

体感的に楽しいんだよ。

なんだろなぁ、普段自分たちは、視覚と聴覚でしかバーチャルにアクセスできないからなぁ。酒とつまみを同じくして、味覚が加わる分、没入感が増すのかな。


ああー、イイ感じにまとめてみたいけど、眠たくなってきたかも。

いやね、V呑みの何がいいのかを考えてたのよ。

で、自分はなぜV吞みが好きなのかを考えだしたわけよ。

で、自分にフォーカスが当たっちゃってさ。


で、この「自分」ってのがだらしのねえやつでね。水が低きに流れるが如く、楽なほう、楽なほうにしか進むことができない。


楽だからVを見てるんじゃないかい?ってぇ結論になっちゃあツマラネェよなあ。と思って、はたと手が止まる。


まあ、度々思うんだ。Vを追うことにポジティブな意味を見出したいって。

自分が本当に欲しい何かがあって、その代替物としてVをあてがってるんじゃないんだって。

そう言えるようになるのが、なんだろなぁ、目標というか、方針、スタンスというか。

何かにハマるってのが初めてでね。肯定したいんだよな。ハマったものを。


取りあえずは、Vで苦しまないようにしようと、努めて吞気に追うようにしてるなぁ。上の目標?で根を詰めないようにはしてるよ。


言いたいことがあって書き始めたわけじゃないから終わり方がわかんないなぁ。よくわからない吐露も書いてしまったし。


まあ、現在の自分を肯定する手っ取り早い方法は幸福でいることだろう。

できれば、この先も幸福に。

今この時を未来で呪わないように、できることを続けよう。気楽に。


幸福には酒が必要だ。楽しい酒が。

だからV吞み、ありがとう。



なんだったんだろうこれ……?

自分はアルコール漬けで創作する才はないみたい。

健康優良児としてVを追っていこう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?