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[日記ではない]壁になりたい。


 人と居るのは好きだが、会話は苦手だ。


 うまく喋れているだろうか、失礼なことを言ってしまったのではないか、今言われたのは冗談だったのか、本気だったのか。要らない深読みが私の口を塞ぐ。
 もうやめにしたい、気を使うのも使われるのも。


 そうだ、


 壁になりたい。


 壁になればいいのだ。壁になって一方的に他人を見たい。

 小学生たちが夏休みにスマブラやってる部屋の壁になりたい。

 中学生男子が遊ぼうと集まったはいいものの、なにもやることが無くて各々漫画を読み出してしまったその部屋の壁になりたい。

 ねこちゃんがさらさらした毛並みをすりすり押し付けたり爪を研いだりしてしまう壁になりたい。



壁になりたい



 誰かが遠距離恋愛中の恋人に電話しているあいだ背中を預けている壁になりたい。

 好きな人を玄関先に待たせて急いで部屋を片付けている女子大生の部屋の壁になりたい。

 初めてできた彼女を部屋に呼んでめちゃくちゃ意識してしまう男子高校生の部屋の壁になりたい。

壁に




 別れた彼氏を思い出して換気扇の下で初めて煙草を吸ったものの煙を上手く肺に入れられずに咽せてしまったOLの部屋のキッチンの壁になりたい。

 酒の勢いでセックスした友達とまた二人きりになってしまった大学生のアパートの壁になりたい。

 かつて好きだった女の子と同窓会で再会し、「やっぱり今でも綺麗だな」と思っていたら彼女がこっそりテーブルの下で周りに悟られないように指を絡めてきた時のその居酒屋の壁になりたい。













「お邪魔しまーす。ごめんね、終電なくなっちゃって」

「いいですよ、散らかってますけど」

「わ、ほんとだ散らかってるー。座るとこないじゃん」

「すみません、ベッドにでも座ってください。ビールありますけど飲みますか?」

「飲む飲む」

「はい」

「ありがと」

……。

「ねぇ、渡辺くんは彼女いないの?」

「いません。いたら先輩のこと泊めませんよ」

「それもそうか」

「先輩は彼氏いないんですか」

「いたら渡辺くんのとこ来ないよ」

「それもそうですね」

…………。

「あのさ」

「はい」

「あの、本当は私、終電、まだあるんだよね」

「……」

「……」

「……先輩」

「なに」

………………。

……………………。






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