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うっかりした話

 木曜日は生ごみの日だった。両手に袋を抱えて集積所までやってきてシマッタ!と舌打ちをする。マスクをつけ忘れて玄関を出てしまったのだ。ここまで来て取りに戻るわけにもいかず、一旦袋をそこに置く。背後に人の気配がした。緑色のバンダナで口元を覆った若い女がごみ袋を手に立っていた。思わずペコリと頭を下げた。相手は切れ長の目を見開き細い眉を顰めじろりとこちらを見た。同じマンションの住人だろうか。私は逃げるようにその場を後にした。マスクをしていなかったからと言って面と向かってなじられたことはないし、またそのような人を見かけたとしても、見て見ぬふりをするくらいの余裕はあったけど。
 数時間後、同じフロアのるいちゃんママこと森本さんに声をかけられた。るいちゃんはとっくの昔に大人になって出ていったが森本さんはそう呼ばれている。「ねえねえご存じ?」「なあに」「きいた話によるとね、今度近所に越してきた外国人の人たち、」「ええ?」「イスラム教徒らしいわよ」「へーえ」こうした噂話がどこまで本当かはわからないが、世間に疎くて近所づきあいのない私にとっては貴重な情報源である。「オリンピック観戦のはずないし、まさか違法就労?」「さあねえ」。つい最近までは、ハラル食品をどうするか、礼拝の場所の確保とかという話題で盛り上がっていたのだが。そうなるもっと前といえば、チャドルやらブルカとかで目元以外を覆っている一部の彼らは警戒と偏見の的だった。他民族の宗教や風習を尊重しないというより『イスラム教徒はテロリスト』『日本人も標的』という危機感が広がっていた。いまでこそ顔半分を隠す行為は当然の義務と化しているが、元々は人相をごまかす危険人物と見られる行いだった。たえず移民の波にさらされているヨーロッパでマスクの普及を妨げているのだとか。その後過激派によるテロ行為への警戒心よりもインバウンドだのおもてなしだのとすっかりチャドルに気を許し、そのうえ一億総マスク着用が当たり前となり顔をかくすこと問題はうやむやになっている。
なんとなく面倒な気分になった私は話題を変えてみた。
「今度できたスーパーですけど」
「ああ、あそこね」
延々と続く森本夫人との会話で私のうちに不要不急の情報が堆積していく。そのおかげで気がまぎれて先ほどのバンダナの女性のことはどうでもよい気分になっていた。ともかく世間話を切り上げた。
 金曜日は燃えないゴミの日だった。しっかりとマスクをつけた私は早めにゴミ置き場に行った。すでに何人かの主婦が集まって井戸端会議をしている。全員マスクはしている。
「ねえねえ知ってる?ここのゴミ置き場にとんでもないものが捨てられていたんですってよ」
「なになになに」話を切り出した女はなかなか先に進まない。立ち聞きをしている私がいるからだろうか。三密を避けて立ち去ろうとする私の後ろで「うそー何それ」「信じられない」と騒ぐ女たちの声が響きわたる。帰ろうする私の耳をふと『マスク』という言葉がとらえた。「あのーマスクがどうかしたんですか」いまや主役となった女は、何よあんたも聞きたいんじゃないと言いたげに肩をそびやかした。「マスクと言ってもね、カツラとお面が一体化したやつ。揉みあげとヒゲのついた男の顔よ。最初に見た人は人間の頭部が落ちているのかと思ったんですって」「ハロウィンにでも使ったのかしら。自粛すればいいのに」「その内側に血痕がべっとりついて緑のハンカチがどす黒く染まっていたんですって」
 そうだ、あの女だ。この前の生ゴミの日に出合った緑のバンダナの女。思わず私は身震いした。森本さんが言っていた中近東の人たち、それを装った日本の犯罪者グループ。目元を見ただけで東洋人かそうでないかはわかる。あれは東洋人の顔だった。全体はわからなかったけど。そして見られた向こうはマスクをしていない私の顔を目撃しているのだった。

72回「マスク」応募作を一部修正しました。


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