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桜回線 ②

「この壁の向こうをどうにかして見てみたいものだ」
 その花弁は向こう側から飛来したのだろうか、淡い色と香りが鼻腔をくすぐった。事務員姿の男がいつものように退屈そうにしている。
「この壁の向こうはどうなっているのですか」胸のバッジに書かれた文字が掠れて読めない。木? 井戸の井? 外から来たらしい彼ははぐらかすようにつぶやく。無理して行くほどの価値は無さそうですな、と。噂によると巨大な生き物が直立歩行しているとか、やりとりは桜マークの書簡だとかだ。満開の桜の気配に誘われて壁づたいにどこまでも歩いてみたことがある。驚くべきことに同じ場所にたどり着いてしまうのだ。この桜回線は閉じている! ここから脱出するにはこの壁を越えるしかないのか? だがいつかきっと超えてみせる!

 母に呼ばれた。
「早くいらっしゃい。お祖父ちゃまのお客さんたちがお見えよ。あなたも桜を観る会に参加する方々にご挨拶なさい、今のうちから」

400字

事務員のバッジは「木井」木編にシャープの櫻と、市井(庶民)の意味です。


たらはかに様のお題に参加しています。

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