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「二重人格ごっこ」2000字のホラー

「かくれんぼするものよっといで」
澄んだ声色が響く。あれは同じ教室にいた子だ。ぼくはおずおずと進み出る。
「仲間に入れてくれる?」
すると相手は二重まぶたの瞳を輝かせ
「もちろんだよ!」と応えた。
「タカシくんだよね。今日先生に紹介されたときから友だちになりたいなあって思っていたんだよ。わからないことがあったら何でも気軽にきいてね。ぼくで良かったら力になるから」
意外にも親切な言葉が返ってきて面食らってしまう。その違和感が何なのかそのときはわからなかったのだけど大きな木のうろに身をひそめた後でようやく思い至った。教室では誰ひとり声なんか掛けてくれないばかりか、透明人間の扱いだったのだ。このあたりの人達って外からきた人間にはなかなか警戒心を解かないのだろうか。
 かくれんぼを呼びかけた子は格(いたる)という名だった。あとでお礼を言わなきゃな。呼びかけには何人かが参加したらしく、わあっとか、キャーという歓声が遠くから聞こえた。だけどオニはなかなかぼくを見つけなかった。やがて、「じゃあ今度はヒロシがオニな!」という声が聞こえた。ぼくは忘れられていた。大木のうろに取り残されたぼくは考えた。結局のところ格は二重人格のいい子ぶりっこだったんだ。親切そうな振りをしておいて、相手が信用したところであっさりと裏切る。よそもんが調子に乗るなというわけだ。
 こんな仕打ちを受けたとき、自分ならばそんなことはしないと半面教師にするというのも一つのやり方だろうがぼくは二重人格ってどんな気持ちなんだろう自分もやってみようと思ってしまった。簡単にいえば木乃伊採りが木乃伊になったのだった。ぼくは慎重に獲物を漁った。公園をぶらついて、新參者が退屈そうにしていないかをさがした。
「ねえねえ、遊ばないかい? かくれんぼしようよ。きみ見かけない顔だね。わからないことがあったら、なんでもきいてね」
そして言い終わるなり速やかに姿を消す。相手の顔さえ記憶から消してしまう。次に会ったときは「きみ誰だっけ」というわけだ。ぼくは何人かを相手にこんな二重人格ごっこを仕掛けた。自分でもやっていて面白いのかどうかはわからなかった。でもやられた方は前にぼくが味わったような戸惑いを感じているに違いなかった。もしかしたら二重人格ごっこを蔓延させることができているかも知れなかった。

 そんなことが続いたある日、
「こんにちは」
誰かに声を掛けられた。ぼくは用心深く振り返る。誰の姿もなかった。
「あのときはありがとう」
声はさらに言葉を続ける。
「あたしを救ってくれてありがとう。雨の日にずぶぬれで ひとりぼっちだったところを助けてくれてありがとう」
「ええと君は誰だっけ?」
違う。二重人格ごっこなんかじゃない。本当にわからないんだ。覚えていない。そもそも君の姿が見えないのだから。すると相手はまるでぼくの心のなかを見透かしたかのように、
「無理もないわね。あのときとすっかり姿かたちが変わってしまったのだから」と言った。いったいいつの話なの? もしかしてずっとむかし? そうよ。あのときあなたはもっと小さくて可愛くて、優しい子だったよタカシくん。大きな木の根元の段ボールの中に置き去りにされた私を見つけるとお弁当の残り物を分けてくれた。プールで使ったタオルに私を包んでくれた。あなたの部屋の戸棚の中はすごく快適ってわけじゃなかったけど、おかずを少しもってきてくれたのは嬉しかった。いっしょにゲームもした。ママに言われてまたこの木の下に戻されるまでのあいだずっと楽しかったよ。
 そうだった。あれは、この公園でかくれんぼをするかなり前のできごとだ。あのときはごめん。全部思い出したよ。ぼくはこの町に住んでいたことがあった。幼稚園のときだ。子猫を拾って一人で飼おうとして親に見つかって元の場所に戻したんだ、そして。
そしてどうしたの、タカシくん? 女の子の声がたたみかける。
明日また食べ物を持ってくるよと。でも次に会いに来たときキミはもう冷たくなっていて、ぼくは怖くなって隠したんだ。この木の下に。
やっぱり思い出してくれたんだ。もういいのよ。それで充分。いまあたしは別の姿に変わっているけれど、もし生まれ変わってまた出会ったらもう一度仲良くしてくれる? あのときのように。
ごめん、ごめん、ごめん。あのときも今までも。二重人格ごっこなんかしていたぼくも本当に悪かった。ぼくは必ず生まれ変わる。本当だよ。

「タカシくん、見ーつけた」
その声は大人のものだったが、澄んだ声音には覚えがあった。
「こんなところに隠れていたんだね。もっと探すんだった。でもきみを捜索しているうちに自分の進路にたどり着いたよ」
二重まぶたの瞳をきらめかせている警官の名前をぼくは知っていた。記憶に残っていたかも知れないけれど呼びさますことはできなかった。だってぼくはもうすっかり木乃伊になっていたのだから。

2000字

たらはかに様のお題で #2000字のホラーに参加しています。



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