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今朝の月 ①

 今朝の月給を引き出さんと行列は一段と長かった。迂闊なことに25日が日曜であることを失念していた人々(自分もその一人)が舌打ちしながら23日の金曜日に順番待ちをしている。今どきモバイルとも電子マネーとも無縁で振り込まれたその日に引き出さなければならない程切迫しているとは。
 私の直前にいた男が振り返った。
「見てくださいこの渋沢栄一を」
札束を銀行員のごとく扇子状に広げてあおぐ。
「今度のデザイン安っぽいよ特にこの数字。でもせっかくの息子の仕送りだもんね、質素にやってるから年金でも充分なんだよハハハ」
それは良かったです、ところでなぜここに並んでいるの、札束とは言わないけどせめて譲ってくれない順番を。出かかった言葉を飲み込む。「そうです、ワシはうっかりしていた。もう月給は振り込まれない。この金は調子に乗って借りた金の返済のためのものだ。今朝の月とスッポン、打って変わった気分で特技を披露したくなりました」
いきなり札束を空中に投げた。おおっと歓声があがり行列は乱れた。
「誰かワシの金を拾ってくれ!」
その叫びに親切心からか群衆は札に飛びついた、いや札束に見えた紙切れに。
 その隙にATMの向こう側がブルドーザーで破壊されていようなどと誰に想像できただろう? 待ってよ、今朝の月見蕎麦の代金だけでも。

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