仕事の分岐点はどこか

仕事をはじめて10年。
仕事の結果は何によってもたらされるのか、と考えた時に、”ひとつひとつの小さな判断の積み重ねが集積してできたもの”なんだなあと思うことがありました。

”ひとつひとつの小さな判断”は、些細なことなのです。そしてどうしようもなかった。仕方がなかったことが多い。

「○○部長の意向で」「本社の考え方で」「決算のタイミングで」それを言われた時、違和感を感じたら、ちゃんと抗うことってできますか?

難しいのは、抗うべきタイミングでないことがほとんどだということです。いわゆるシバジムでいうと「大勢に影響ない」ということ。そこで食ってかかって嫌われたり、話をおおごとにして抵抗したり、そうすることで相手との信頼関係を失って、より多くのものを失うかもしれない。(人間関係もそうですよね〜)

でも、絶対に言わなきゃいけないタイミングがある。私たちがいる存在意義は、好かれるためでも仲良くするためでもなく、そういったことも含めて「結果をだす」ためいるからです。どんなに空気が悪くなろうとも、だれかの面子を潰そうとも、絶対に意見を貫かなければいけないタイミングが、プロジェクトの中で数回、あるように思います。私は果たしてそのタイミングを見抜いてこれたのかな?

いろんなプロジェクトが形になっても、私はネガティブな人間なので、「ああ、もっとここでこうすればよかった」という事で青ざめてブルーな気分になるのですが、「ではこの後悔は、どこのタイミングが分岐点だったのだろう」「別の未来があったとしたら、どこがターニングポイントだったのかな」と思い返してみます。そして、「あの会議、何気無いクライアントさんの、ちょっとロジックがめちゃくちゃな決断があって、でも『もう決まったので、こればっかりはすみません』と言われてしまって、その時の雰囲気で、私も『わかりました』と言ってしまったな。分岐点は、あの時だったな」と思い出します。

果たしてもしあの会議がもう一度今きたとして、私は勇気を持って、空気が変になろうとも「それは、うまくいかないと思います」と、言えるだろうか・・・

(厄介なのは、逆もあるんですよね・・・あの時こだわってピーピー言った私が、ああ、そこまでじゃなかったなと、申し訳ないやら情けないやらになる時。でも、それでも、より良くなる方に賭けられる人にならねば。)

仕事を長く続けていると、円滑に着地させたいというすけべ心?処世術?が働くのかもしれません。でも、それも必要だけど、そればっかりやっていたら私はどこに行くのだろう?誰とも変わらなくなってしまう。人間関係全てに言えることですが、相手の気分を損なわないために、雰囲気を壊さないために、合わせ続けると、いつしか何もなくなってしまうように思います。

そういう意味で柴田さんは、大分ちゃんとファイトします。というかファイターです。どんなにえらい社長でも、そこで反対意見を言ったら空気が凍るシーンでも、おかしいと思ったら、必ずちゃんと伝えています。私は横にいて何度もヒィーーと思う場面がたくさんありました。

正しくファイトするには、自分の趣味嗜好の意見ではなくベストなジャッジができると確信が持てるということ。ベストなジャッジができるためには、
知識や経験はもちろん、
意見を伝えられる語彙力だったり、受け入れたくなるような素敵な喋り方だったり、いい感じで意見を差し込む空気を読む力だったり、その人の判断を信じてみようという人間力だったり、人は言うことの中身よりも誰が言うかで判断するといいますし、つきつめてみると、人間性の全てが必要にな流ように思います。人間性総動員の総力戦っていう感じです。
そんなこと、早めに教えて欲しかった…
と、思うので、若手の皆さんにお伝えしておきます!

基本的なスキルとか、そういうものは恐らく(業界によりますが)5年くらいでものになるでしょう。それから先は人間性の勝負になります。

35歳以降は人間力の総力戦が待っています。個の時代。見て、聞いて、食べて、経験して、感じたこと、友人、好きなもの、嫌いなもの、習慣、その全てが血肉となって人間力を作ります。仕事が一通りできたら次は、人間性が問われるようになります。 私、今そこでぶつかってます笑 私も頑張ります。

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