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推理マンガの皮を被った人間賛歌

圧倒的な知識と分析力で、難解な事件のトリックを見破り犯人を追い詰める推理マンガは、1つのジャンルとして確立されているほどの人気ですが、その中で異色を放つのが「魔人探偵 脳嚙(のうがみ)ネウロ」です。 

本格的な推理マンガのような構図でありながら、推理マンガのルールをいくつも破っています。

それもそのはず、これは推理マンガの皮を被った娯楽マンガなのです。

そして最大のテーマは「人間の可能性」への賞賛です。

『魔人探偵脳嚙ネウロ』のあらすじ

魔界の住人「脳嚙ネウロ」は、『謎』を食料としています。

謎とは心に芽生えた悪意を隠すための卵の殻のようなもので、謎を解くことによって殻が破れてその悪意を食べる事ができます。その殻が固ければ固い程、悪意も美味くなります。

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しかし、魔界はもともと悪意に満ちた世界なので、それを隠す殻も脆く、質が悪いのです。そこで のためネウロは上質な『謎』を求めて人間界にやってきました。

そこで初めて出会った人間の女子高生「桂木弥子(かつらぎ やこ)」を女子高生名探偵として仕立て上げ有名にし、舞い込む事件の謎を解いて食欲を満たそうとします。

謎を解く話なのに推理は重要ではない!?

推理マンガの醍醐味は、「誰がやったのか」「どうやったのか」「なぜやったのか」を解き明かす事ですが、実はこのマンガではにおいて、それらは全く重要ではありません。

ネウロは魔界から持ち出した便利な道具で、あっという間に犯人やトリックの方法が分かってしまいます。しかも犯人のヒントは作中に一切なく、読者は誰が犯人やトリックを当てることは不可能です。

さらに、ネウロは犯人が「なぜ殺人を犯したか」には一切興味ありません

トリックを解き明かし「犯人はお前だ」と指さした途端、「謎」の殻が破れて悪意のエネルギーが飛び出します。それを食べてしまえば、ネウロにとっては目的終了です。

「これは推理マンガとしてはどうなのだろう?」と思ってしまう人もいるでしょう。

作中に散りばめられたヒントで、探偵役より早く犯人に気づくために推理マンガを読む人にとっては肩透かしかもしれません。

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しかし、このマンガは作者自ら「推理マンガの皮を被った娯楽マンガ」と称しています。

推理部分は重要ではなく、犯罪者たちの「悪意」に触れた弥子やネウロが、次第に成長し変化していく様子を描いています。 

この点が他の推理マンガの「精神的にタフなブレない探偵」と違い、1つ1一つひとつの事件を重く受け止めて、時には強く影響してしまう「ブレてしまう人間」を描いているなと感じました。

個性的な犯人

ネウロによって解かれかけた「謎」は、さらに身を守るために抵抗を始めます。

その時、犯人の姿はもはや人間ではなく、魔物のような異様な姿に豹変し、ネウロに襲い掛かります。

しかし逆に返り討ちに遭い、ネウロに食べられて、抜け殻となった犯人は逮捕されるというのが基本パターンです。

ただ単に魔物のような姿になるのではなく、「独りぼっちになりたかった女性が氷の彫刻のようになる」「傲慢な態度を取っていた犯人の鼻が異様に伸びる」などその心理や犯行に沿った姿に変身します。

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犯人の変身っぷりもこのマンガの見どころの1つです。 

ごく普通の人間が自分にできる事を模索していく物語

マンガのタイトルには「脳嚙ネウロ」とありまですが、視点はヒロインの弥子を通して描かれます。

弥子は大喰らいであるという点を覗けば、どこにでもいる普通の女子高生です。推理はすべて助手役のネウロが披露し、弥子の役目はネウロに操られるまま「犯人はお前だ」と指さすだけです。

ネウロからも虫以下の存在のように扱われていて、対等な関係ではなく、自分が無力な存在であることを自覚しています。

しかし多くの犯罪者に出会うことによって、次第しだいに「人間の心理」に興味を持ち始めます。

ネウロが全く理解できないという「人間の心」を理解する事によって、ネウロだけでは解けなかった謎を解き、次第に周囲の人々や、犯人にさえも認められていきます。

またネウロも、最初は弥子を含めた人間全てを見下していました。

ある事件をきっかけに人「人間の持つ可能性」に興味を持ち始め、だんだんと観察力や洞察力が成長していく弥子に「可能性」を感じ、彼なりに認めていきます。

弥子が認められているのは、特別な力を持つ優れた存在だからではなく、「他人を理解しよう」とする、誰にでも持っているありふれた心を、皆が好ましく思っているからです。

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優秀で特化した才能があり個性豊かな人物たちに囲まれている、ごく普通の弥子を見ていると「普通」こそが素晴らしい才能ではないかと思えてきます。

端々からほとばしる人間愛

『魔人探偵脳嚙ネウロ』は独特の絵柄や、奇抜な設定に目がいきがちですが、そのストーリーは王道な少年漫画です。

根底に流れる「人間の可能性」への賛美は、読み終わってもなお心に響き、自分には可能性がないと感じるような時に読むと、少し自分の「可能性」を信じたくなるような作品 です。


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