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サザンオールスターズ「アロエ」/なぜ桑田佳祐は自らを“ガラケー”に喩えたか


サザンオールスターズ、10年ぶりのニューアルバム『葡萄』からのリードトラック「アロエ」。よい! 素晴らしいですよマジで。今の時代に桑田佳祐が本気で書いた王道のポップソング。めちゃめちゃ格好いい。これが1曲目でアルバムが始まるというのもアガる。


四つ打ちのビートで始まって、そこに何故か木魚が重なってくるイントロ。流麗なストリングスからキャッチーなサビに飛び込む。カッティング・ギターもいい。曲調は基本的にはディスコ歌謡曲。メロディも歌詞の言葉もポジティブだしアレンジも豪華。なんだけれど、どことなく「脳天気さ」よりも「背負ってる感」が印象に残る。

そして歌詞がすごい。

〈だから勝負、勝負、勝負出ろ!!!〉
〈勝負に行こう〉
〈止まない雨はないさ〉

明らかに、直接的に、聴く人を奮い立たせるような言葉が歌われている。サザンとしても10年ぶりのアルバムのオープニングを飾る言葉が「勝負に行こう」なわけだ。では、今のサザンは何と「勝負」を果たそうとしているのだろうか。

今出てる『ロッキング・オンJAPAN』の最新号に、桑田佳祐さんのインタビューが乗ってました。インタビュアーは渋谷陽一さん。すごく興味深いところがあったので、ちょっと引用します。

「俺たち生きるガラケーみたいなもんだからね(笑)、あんまりその、先端で尖ってるような――前はやっぱりほら、自分たちは尖ってるんだとか、こういう業界で音楽しっかりやってんだっていうつもりでいたんですけど(中略)あんまり尖ることとか磨き上げるところに美学を追わなくなるような気がするんです。それが歳を取るっていうことかもしれないけど、ある種ラクになっちゃう」

ここで、桑田佳祐は自らを“ガラケー”に喩えているわけなのですよ。つまり、歳をとったんで、アンテナ張って最先端を追わなくていい、エッジーな存在じゃなくていい、ということを言っている。

つまりここでのガラケーは「らくらくホン」的な、年寄りのメタファとして言っている。そういう意味で自分をガラケーに喩える人、ある年齢以上になると多いと思う。若いもんの流行にはついていけないよオジサン、ってな具合で。でも、桑田佳祐もそういう開き直りをしたかと思ったら全然そんなことなかった。ガンガンにアンテナ張ってる。インタビューはつい先日のグラミー賞の話になる。

「この間のグラミー賞見ててやっぱり『いよいよ追いつけねえなあ』と思ったんですよ(笑)。ファレルぐらいしか共感できないんですよ。でもすごいことはわかる。グラミー賞いっぱい獲ったサム・スミスだとか(中略)いろんなものがあるし、すごいし、僕らが物真似するレベルじゃないじゃないですか」

ちゃんと今の動向をチェックしまくってるわけですよ。というか「ファレルぐらいしか共感できない」っていうセリフがさらっと出てくるの、かなりすごいと思う。で、話はこんな風に続く。

僕が思っていた60年代、70年代、80年代ぐらいのポップミュージックっていうのが僕らのポップミュージックでね、それ以降のニルヴァーナとかそういうの以降はね、要するに僕らはガラケーになっちゃったわけですよ。(中略)だから、まあそれはガラケーかもしんないけど、まだやってない機能がガラケーの中にいっぱいあったなあっていうか」

つまりここで桑田佳祐が何を言っているかというと、60~80年代の日本のポップミュージックというのは、すなわちアメリカやイギリスへのキャッチアップだったという話なわけです。「僕らのポップミュージック」というのは、いかに海外に「追いつく」かがキーポイントだったという。そのことは佐々木敦さんの『ニッポンの音楽』にも書いてある。アメリカで流行っているもの、イギリスでイケてる音楽、ロックやブラック・ミュージックが「歌謡化」されて日本の市場に広まっていく、という。

しかし90年代に「J-POP」という言葉が使われ始めて、00年代を超えて、2010年代になり、その状況が少しずつ変わっていく。海外のポップスと日本のポップスが、まったく違う軸で進化を果たして今に至る。その中で桑田佳祐が言う“ガラケー”というメタファは、単にテクノロジーや時代の進化に追いつけない年寄りのメタファではなく、日本というガラパゴス的な環境で独自進化を果たしていた自分たちのポップセンスを意味することが明かされる。

「じゃあやるべきことっていうのはなんだろう、自分たちの一番トルクのね、強いところっていうのを出すべきだっていうのが今になって気づいてきたと思うんですよね。前は外人みたいだったら良かったんだけど。でも、自分たちの一番トルクの強いところはどこかなあ?って考えてるうちに、グラミー賞諦めたわけじゃなくて、あそこに近づくためにやっぱり日本人の(中略)、トルクの部分をね、やっぱり僕らはやらないと」

ちゃんと世界に通用するものを作るために「自分たちの一番トルクの強いところを出す」という話をしているわけです。

インタビュー読んでて、このへんでピンときた。サザンオールスターズの所属事務所はアミューズで、その後輩にはONE OK ROCKがいるし、BABYMETALがいる。海外で輝かしい成功をあげつつある彼らの動向が目に入っていないわけがない。特にONE OK ROCKはそれこそニルヴァーナ以降のグランジ〜エモの世界基準を現在形で見せているわけで。ワンオクをグローバル市場で戦う「スマホ」と位置づけるならば、桑田佳祐がサザンを「ガラケー」に喩えた本当の意味が見えてくる。そう思ったらインタビューの中でもちゃんと言ってた――。

「やっぱりONE OK ROCKにできない曲を作らないとね。ONE OK ROCKはたぶん、”栄光の男”みたいな詞はできないとおもんですよね、うん、だからそういう意味ではちょっと闘わないといけないんですよ、ガラケーなりにスマホと(笑)」

“栄光の男”は、シングル『ピースとハイライト』のカップリングに収録されたナンバー。曲名のモチーフは長嶋茂雄。こんな詞が歌われている。

〈ハンカチを振り振り あの人が引退(さ)るのを〉
〈立ち食いそば屋の テレビが映してた〉
〈シラけた人生で 生まれて初めて 割り箸を持つ手が震えてた〉

〈居酒屋の小部屋で 酔ったフリしてさ〉
〈足が触れたのは 故意(わざ)とだよ〉

60歳近くになり、誰もが認める王道のポップグループであるサザンオールスターズを背負っている桑田佳祐。その人が「闘わないといけないんですよ」と言ってるという話、すごくグッとくると思うのです。(16/100)


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a.k.a シバナテン。ライター/編集者/音楽ジャーナリスト。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)。noteでは気になった曲や現象について書いていきます。