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「音楽を売る」ということの先にあるもの

(初出は2013年10月14日のブログ記事です)


■ダウンロード違法化は何だったのか

僕は数年前から「“CDが売れない”みたいな話で眉をひそめて暗い顔したり誰かを悪者にして指さして騒いだりするのはもういいから、さっさと次のこと考えようよ」ということを言い続けてきたんだけど、今日の話もそんな内容。「そもそも“音楽を売る”って何だろう?ということを考えてみました」という話です。ちょっと長いよ。

まずは、今月初めに報じられたこんなニュースから。ネット上に違法にアップされた音楽や映画などをダウンロードすると刑事罰の対象となるという法律「改正著作権法」から1年たっても、期待されたCDや配信の売り上げ増に結びついていないという話。

ジャーナリスト・佐々木俊尚さんはニュースを受けてこんなツイートをしている。



こんな記事もあった。

この手の話に関しては、すでにネット上でさんざん繰り返されている反応だが、僕も「知ってた」という感想しかない。一年前、違法ダウンロード刑事罰化が決まったときに書いた記事が以下。

砂を噛むような無力感と、それでも2012年が「始まり」の年になる直感について  http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-504.html

上の記事でも書いたけれど、著作権法改正案の参院での参考人質疑のときに、コンテンツビジネス側の久保利英明弁護士は音楽ファンを「総会屋」にたとえている。違法DLの罰則化で萎縮効果は起こっても音楽の売上回復には結びつかないことを津田大介氏に指摘されても「それで音楽から離れていくなら仕方がない、正規品も欲しくない、CDも欲しくないという音楽しか作ってないのなら仕方ないだろう」と語っている。

僕の気持ちとしては、あんなにミュージシャンと現場のスタッフと音楽ファンを侮辱した発言は他にないと今でも思うし、一年前に書いた「ユーザーのことをここまで敵扱いする商売が成功すると思う人の気がしれない」という言葉から、思うことはあまり変わっていない。ただ、あのときは暗澹たる、砂を噛むような気分にもなったけれど、今は不思議と冷静で、どこかポジティブな気持ちでもある。なるようにしかならないんじゃない、という感じ。ネット上の反応は様々だけど、自分としては、CD売り上げの低下という長期トレンドは変わらないし、それを踏まえて現場でいろんな新しい試みが始まっているのを知っているから。これについても、何度か書いてきた通り。

僕は「衰退」にはベットしない。それは意地でも愛情でもなく、すでに現場には「次のことを考えてる」人が沢山いるのを知っているからだ。

■サブスクリプションの普及は何を変えたか

とはいえ、ただ楽観視してるわけにもいかないよなあ、という気もする。それはCDじゃなくて、配信の分野のこと。スマホの普及で「着うた」市場が壊滅してる現状と、それはコミュニケーションツールとしての音楽の地位が奪われたからだ、という分析は何度か書いてきた。

第55回:「聴き放題」だけでは音楽ストリーミングサービスが成功しない理由 | DrillSpin Column(ドリルスピン・コラム)
http://www.drillspin.com/articles/view/571

「LINE Music」はスマホの普及で壊滅した「着うた」文化を蘇らせる - 日々の音色とことば:
http://shiba710.blog34.fc2.com/blog-entry-563.html

去年の夏から今年の3月にかけては、サブスクリプション(定額制)のストリーミング配信サービスが本格的にスタートしている。こちらは順調に売り上げの数字を伸ばしてきているようだ。ただ、その一方でPC/スマホ向けの音楽配信が伸び悩んでいるというデータもある。こちらは「たにみやん」氏による、かなりシビアな分析。


確かに、2013年10月現在の日本の音楽配信サービスの現状は、なかなか頭の痛いことになっている。サブスクリプションと既存のPC/スマホ向け音楽配信が食い合っている、というか。そもそも、アメリカやヨーロッパで普及しているフリーミアムモデルのspotifyやRdioと、レコチョクBest!など「月額980円」モデルの日本のサブスクリプション配信サービスは、実は似て非なるものだ。KKBOXも本国台湾ではフリーミアム。

無料でとりあえずアカウントを作ってサービスを使い続けることができるかどうか。それによってサービスの性格は全く異なるものになる。最大の違いは、ライトユーザーを取り込めるかどうか。月1000円払わないとそもそも使えないというサービスは、結局コアな音楽ファンを相手にした発想にしか成り得ない。「いい音楽を作る」とか「啓蒙活動する」という以前の問題で、音楽好きな人以外への間口がない状態だ。

一方、アメリカですでに普及している個人の趣向に特化した形のネットラジオ型サービスPandoraは、ライトユーザーにとっての「音楽との出会い」を用意する導線になっている。楽曲の構造やテイストの分析を元にしたリコメンドを提供することで、ロングテールの玉石混交から「玉」を見つけ出すサービスになっている。そのへんの話を丹念に追っているのが音楽コンサルタントの榎本幹朗さんで、佐々木俊尚さんとの以下の対談記事をはじめ、「未来は音楽が連れてくる」と題した濃密な分析が「MUSICMAN-NET」に掲載されている。以下の発言は、上記の「たにみやん」氏の分析をあわせて考えると、ほんと同意。

この現状はほんと変わるべきだと思う。ただspotifyの日本上陸も噂されているし、


と榎本さんも言っているので、まずはその予言を信じようと思う。

■クリエイターが報酬だけで生活していく未来

で、ここからはニコニコ動画の話。

海外の音楽サービスにはSpotifyやPandraがあって、権利の壁をちゃんと乗り越えてそれが日本に入ってきたらいろんな状況が変わるんだけどなあ、みたいなことを思ったりもするけれど、一方で「日本にはニコニコ動画があるじゃん」ということを考えたりもするわけだ。

ニコニコ動画は無料でアカウントを作ることができる。そこでユーザーを獲得して、月500円のプレミアム会員へと誘導している。それってつまり、Spotifyと同じフリーミアムモデルなわけです。

さらには、そこから得られた収益を再生数に応じてアーティストに分配する、「クリエイター奨励プログラム」という仕組みもある。Spotifyも得られた収益をアーティストに分配するプラットフォームの仕組みで、そうを考えると(もちろん音楽と動画という大きな違いがあるとはいえ)、Spotifyをニコニコ動画を並べて位置づけることもできるはずだ。

ニコニコ動画の「クリエイター奨励プログラム」の現状については、以下の記事が詳しい。

ドワンゴ、「クリエイター奨励プログラム」総支払い額6億円に 1000万円以上は7人 - ITmedia ニュース
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1310/03/news105.html

それを受けて、以下のニュース記事にコメントしました。そこから引用します。

ドワンゴの取り組みが成功するならば、ニコニコで生計を立てる表現者は今後さらに増えていくはずだ。

ニコニコ動画だけじゃない。YouTubeにだってその仕組みがある。動画中に掲載される広告により収益を得ることができる「YouTube パートナー プログラム」の収入で暮らしている、いわゆる「YouTuber」と呼ばれるクリエイターも徐々に登場してきている。その仕組みは以下の記事に詳しい。

「YouTuber」と彼らを支えるYouTubeの仕組みとは? - たのしいiPhone! AppBank
http://www.appbank.net/2013/08/11/iphone-news/649634.php

YouTubeの収益化プログラム、日本のユーザー収入が3年で4倍に 「それで生活している人もいる」 - ITmedia ニュース
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1207/30/news099.html

記事中ではあまり触れられていないが、YouTube全体の再生数に占めるミュージックビデオの割合を考えれば、収入を得ているクリエイターの中にはミュージシャンも相当数含まれるはずだ。

もちろんそれが「安定した」仕事かどうかはわからない。でも、少なくとも、ボカロPとして音楽を作ったり、「歌ってみた」や「踊ってみた」を投稿したり、イラストを描いてpixivに投稿したり、動画をYouTubeに配信することで「収入を得る」ことのできるクリエイターは、ほんの10年前には存在すらしなかった。00年代に登場した新しいプラットフォームが、それを可能にした。音楽だけでなく、好きなことをネットで配信して、それを稼ぎに繋げるタイプのクリエイターは、おそらくこの先も増えていくはずだ。

■「守るべき仕組み」と新しいプラットフォーム

さて。

ここで話はようやく最初に戻る。一般社団法人日本レコード協会の広報部部長・袴俊雄氏は、今回の違法ダウンロードへの刑事罰適用について、こんなコメントをしている。

「著作権というものは、クリエイティブに関わる人にコストを還元し、新しいクリエイティブにつなげるためにある」。その通りだと思います。僕自身だって、アーティストが心血注いで作ったものが無料で何でも手に入る未来を待ち望んでるわけじゃない。そのせいでアーティスト自身が疲弊して、クリエイターによる自由な表現が少なくなっていくというのは、現場もファンも、誰も喜ばない。好きなことやって稼いで食っていける世の中のほうが全然幸せだ。

その上で、数字を見てみる。日本の音楽ソフトパッケージの2012年の総生産金額、つまりメジャーやインディーあわせた全てのレコード会社のCDやDVDなどの売り上げが3108億円。その売り上げ額の1%〜数%、つまり数十億円がアーティスト印税としてミュージシャンに支払われる額になる。この数字は10年前と比べると半減している。

一方、ドワンゴグループの連結売上高は362億円(2012年9月期)。2013年9月期の売り上げは第三四半期を終えて微減のようだが、プレミアム会員は200万人を越え、収益は大きく伸ばしているようだ。「クリエイター奨励プログラム」の総支払い額6億円はそこを原資にしている。

はたして、それ、本当なのかな? 

業界の先行きがどうとかってことよりも、僕が大事に思うのは、クリエイティブに関わる人がちゃんとその報酬を受け取ってハッピーに暮らしていけること。相対化して考えると、CDパッケージというのは(とても優れた)そのための一つのプラットフォームでしかない、とも考えられるわけです。そして、そのことに気付いている人も、沢山いると思う。

そんなわけで。頭を抱えるようなこともあるけど、まだまだ今は過渡期だし、いろんな可能性の種がこの先に芽を出す予感は、相変わらずしているのです。

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