J Hus『Big Conspiracy』とロンドンの今

ここ数年、ロンドンの音楽シーンがおもしろい。

とは言っても、僕自身、全然どういう動きがあるのか掴みきれていないんだけど。ただ、特にスケプタやストームジーなどグライムの隆盛を経て「アフロ・スウィング」や「アフロ・バッシュメント」と呼ばれる新たなムーブメントが勃興しているラップ・ミュージックの分野がおもしろい。

ハマったきっかけは、去年のベストアルバムの10枚の中にも選んだDaveのデビュー作『PSYCHODRAMA』。こちらはサインマグにもレビューを書きました。

2010年代後半は「抗不安の時代」だった。ザナックスとオピオイド系鎮痛薬が数々の才能にあふれた若いアーティストの命を奪った。先日もジュース・ワールドの訃報が届いたばかりだ。ラッパーだけじゃない。深刻化するメンタルヘルスの問題は社会全体の基調トーンとなった。そんな2019年に、その当事者として、最も美しくドラマティックに、それと対峙する過程を作品に昇華したのがデイヴのデビュー作『サイコドラマ』だ。現在21歳、南ロンドン生まれのラッパーであるデイヴ。彼の存在の前提には、2010年代のUKにおけるラップ・ミュージックの革新がある。ストームジーやJ・ハスが成し遂げたグライムやアフロバッシュメントの功績がある。それはたとえばマッシヴ・アタックが90年代に成し遂げたことの背後にポストパンクとソウルとダブの所産があったのと同じ。文化や音楽は川の流れと同じだ。ただ、そういう文脈を全部差し置いても、強いパワーが作品自体に宿っている。アルバムはコンセプト作で、セラピストとのセッションを模した構成。そこで彼自身の人生が語られていく。レイシズムについて、虐待と暴力について、殺人で終身刑に処された実兄について。鬱と疎外について。“ブラック”や“レスリー”を最初に聴いたとき、胸の深いところを握り潰されたような感覚があった。歌詞もちゃんと調べず、誰が歌ってるかすら知らない段階で、ピンときた。これは「生き延びるための音楽」だ。その勘は間違っていなかった。アルバムは今年のマーキュリー賞を受賞。UKにおける今年の最も優れた作品という評価を受けた。ただ、評価うんぬんよりも、きっとこの作品を本気で「必要としている」人は日本にも多くいるはずで、そこに届いていない現状はとても歯痒く悔しい。

(上記ページより引用)

結局、Daveの『PSYCHODRAMA』はマーキュリー賞とブリット・アワードの両方で受賞するという、まさにUKの2019年を代表するような一枚になった。

で、そのDave『PSYCHODRAMA』に「Samantha」で参加していたのがJ Husだった。

J Husは2017年のデビュー作『Common Sense』でその先駆者として評価を高めたラッパー。3年ぶりとなる新作『Big Conspiracy』も、すでに全英1位を獲得。大きなセンセーションを巻き起こしつつある。

新作はさらに洗練された楽曲を収録した一枚で、ホーンやストリングスなども配したドラマティックな曲調に乗せて「移民の街」ロンドンに生まれ育った彼の半生と心情を綴る。終盤“Love, Peace and Prosperity”から“Deeper The Rap”の包容力に満ちた曲調も感動的。

ブレグジットに揺れる政治状況とは対称的に、多文化、多民族の共生が進む音楽シーンの充実を感じる。

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a.k.a シバナテン。ライター/編集者/音楽ジャーナリスト。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)。noteでは気になった曲や現象について書いていきます。
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