Niziuに見る適材適所、そして本当に幸せになる道について

今更ながらNiziプロジェクトを鑑賞中です。

ミイヒちゃんがすごくかわいい。

それからJ.Y.Parkさんの笑顔がいい。(私には以前韓国人の友人がたくさんいたのでPark=「朴」であることはよく知っています。でもそれくらいは今時の若い韓国好きの女の子たちは普通に知っているのかな(^^;))それからネット界隈でささやかれている「餅ゴリ」さんという呼び方もウケました。

■いろいろ思ったこと

それは経営者、マネジメント、管理者の視点でした。(韓国の芸能界の厳しさ、闇についてもいろいろあるのでしょうが今回は論点から外しました)

まず、アカリちゃんについて。

彼女は持病を持っていたようで、J.Y.ParkさんからPart2の個人パフォーマンスで「体調大丈夫ですか?」と言われたときに「はい」と答えていましたが、正直なところ、それは「いいえ」だったのではないかなと感じました。というか、その場で「はい」だったとしても長いスパンで見たときに全体的に他の人に比べて万全ではないだろうし、今後も完全に健康を維持したまま活動をしていくことはなかなかに難しいだろうと思うのです。

たとえばメンタル疾患を例に取ると、「完治」ということはなくて「寛解」という言葉を使います。ずっとつきあっていくという意味です。

だから無理したとするとまたやがて体調は悪くなってしまうし、たぶんあかりちゃんはいつも100パーセント万全という状態で練習に臨めなかったのではないかなと考えます。

以前の私なら自分がその立場でJ.Y.Parkさんのような立場の方から、「今後の活動は難しいだろうからあきらめてほしい」といった旨をコメントされたとしたら、つらいし、無理をしていただろうと思います。

しかし、今この歳になって思うのです。身体が一番大切であると。

そして身体のコンディションを含めて無理した状態で掴めた物があったとて長続きはしないし、J.Y.Parkさんのような立場の方から見ると、本当に身体を気遣い、無理しないでほしいという思い1点だと思うのです。またそれが多分アカリちゃんのため、すべての人のためでもあると。

世の中、仕事遊びそれ以外にもすべて【適材適所】というものがあります。

そしてその需要と供給の両方の視点で、適材適所の状態で動いていくことが一番幸せなのではないかと思うのです。アイドルなどは供給側が自己実現をしたくてしたくて目指す物だから気持ちの折り合いをつけるのは本当に難しいと思います。

でもNiziプロジェクトの中でもよく「○○の分まで頑張ります」という言葉を選ばれていくメンバーからよく聞きます。

まさにそういうことだと思います。そんな幸せなことないじゃないですか!

今、私が歳を取ってきて感じることは、

「その仕事は私じゃなくてもいい」ということです。

稼ぐためにはオンリーワンを見つけるのがいいと思いますが、それになれなかった分野で頑張ってもつらいだけ。(つらい、というか・・・クライアントにも私にもよくない)

アカリちゃんが幸せになる道は、もっと輝ける道は、たくさんあるはず。私はまだNiziプロジェクトPart2を見始めたばかりなのでJ.Y.Parkさんはそこまで考えてアカリちゃんをデビューから外したかは分かりませんが、人生経験を積み重ねればある程度わかる物。すべての総合を考え、相手の幸せを願い、選んだ結果だと思います。

■身体の大切さ

最後に、ミイヒちゃんについて。

私が若い頃あこがれていた感じの女の子です笑。長いことチアリーディングをやっていたのであんな感じの小柄ではねるようにかわいくて明るい女の子にあこがれました。

今休養中とのこと。いろいろあったかもしれませんが、復帰するとしたらまた大変な道のりになると思います。どうか若い時期を大切に、身体を第一に過ごしてほしいと願っています。

やっぱり好きだし元気な姿を見れることを期待はしていますが、ミイヒちゃんの体調がすべて。心から安心して過ごせますように。


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