シイナヒロ

物書き

シイナヒロ

物書き

最近の記事

「手、あったかいね」 腕の中で横になる彼女は、そう言った。 梅雨の重い空気が部屋を取り巻き、その重さが彼女の半身と共に、僕にのしかかっていた。 気だるげな気持ちで目を瞑ると、彼女と体を合わせる前にかけたラジオから、悲しみを音にしたような男性歌手の歌声が聞こえてきた。 聞き覚えのあるこのメロディーは、おそらく、僕が生まれて数年後に発表された曲だろう。 彼女に至っては、まだ生まれていないかもしれない。 腕の中で丸くなっている彼女の長い黒髪を、指先ですくってみた。 10代

    • オレンジの眼差し

      目の前を鳥が横切った。 僕がタバコを吸っていたときだった。 辺りは夜の帳が落ちかかっている。 空気はぬるく、湿り気を帯びた風が肌を撫でる。 僕の遥か先、少し目線を上げた先には、熟れたオレンジの様な夕日が僕を見ていた。 夕日と僕との間には、さまざまな街や木々、人間、動物がいるはずなのに、僕の一挙手一投足を捉えて離さない。 母の様な温かみのある眼差しは心を落ち着かせるものの、その目には何も写っていないように感じさせた。 いくつもの車が目の前を通り過ぎるが、車の駆動音は耳を噛

      • 感覚

        三つの窓に囲われた部屋の中に、僕はいた。 左の窓からは、風が吹きこんでいる。 優しく子供の頭を撫でるように部屋の中へ入ってきた風は、僕の体を包んでから、右の窓へと歩を進める。 「君はどこへいくの?」 つい、そう聞いてしまいたいくらい、優しい風だった。 暖かい目線を向けられたような気がした。 顔を上げると、正面の窓からは陽の光が溢れていた。 近くを走る道路からは、一定の間隔をあけて、車の行き交う音が聞こえる。 親子の笑い声も聞こえる。 僕の目の前にあるテレビでは、いま

        • 一粒の滴が私の目の前を落ちていく 幾筋の線が私の目の前を落ちていく 私の足元にある金色の筋はなに? 私が持っているものとは違うわ 私が持っていないものだわ けどね、あなたに切り出せないの それは私が弱いから あなたと離れたら、私は私でいられなくなるような気がするの あなたと離れたら、私は自分を見失ってしまうような気がするの でもあなたに問いただしたい 「これはなに? 私だけじゃ満足できないの?」って でもあなたに問いただしたい 「どこの女? 殺しに行ってもいい?」っ