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真っ暗の中にいる。声が聞こえる。優しい声。

シュウ。

起きて。


重いソレをゆっくり開けると世界が九十度傾いている。目の前は透明な窓ガラスの向こうが白く霞んでいる。

声のする方に目を向けるとしゃがんでこちらを見上げている女の子が机の上で腕を組み顎を乗せている。もう一段あれば鏡餅みたいだなと思う。

「また授業寝てたの?次、移動教室だよ。起きないとさ」

机に目を下ろすと『倫理』の文字が書かれた教科書と開かれたノート。罫線を無視した文字が泳いでいる。

私に背を向けて教室の窓を閉めながら女の子は言う
「こんなに寒いのに窓、開けっぱなしなのヤバいよね」

椅子から立ち上がって女の子の方に向かって歩く。
気配に気づいた女の子は咄嗟に振り向いた。
綺麗で可愛い顔をしているなと思った矢先に体の方が勝手に動いていた。
彼女の肩を少しだけ掴んで若干開きかけた彼女の唇を自分の唇で塞いでしまった。

「ちょっと、ちかくに人いたらどうするのさ。」
こちらを直視せず床の方に目をやって彼女は言う。

「いないのわかってた。起こしてくれたお礼だよ。」と返事する。
「いっつも突然。直してくれないかなあ。」
こちらを見た彼女の頬は赤く染まっていた。


彼女の好意は十分すぎるほど伝わっていてつい、悪用してしまう。お互いに好きとは言わないがその感情を持っていることをお互いにわかっている。一緒になろうとは言わない。陰翳に、深淵に、泥濘に。キミを無意識に引き摺り込んでしまいそうだから。そして二人ともそこから出てこれなくなるだろうから。今が一番、最悪から遠いところにいる。キミはそれを持ちかけてくれないことに憂悶しているだろう。突然、キミの目の前からいなくなってしまうことも頭の片隅で危惧しているだろう。言葉にする時はこないだろうけどキミから離れることはしない。キミから離れていくのをゆっくりと待つだけ。


「シュウ、早く行こうよ。遅れちゃうよ。」
教室のドアの近くで手招きしてる。

「待ってよ、ハルカ。なんの授業?教科書あるかな。」

冷たい床に膝をつけて鞄を漁り教科書を探す。どうやら見当たらないのでいつも使っているボールペンとその中身は授業の全部でごった返しているノートを手に取った。

自分の脚に目を落とすとスカートが少し捲れている。

直しながら立ち上がり、ハルカの方に向かって歩く。


私たちはいつまでこの関係を続けられるか。きっと暦が一回りする頃までと、朧げに感じる。





たしか夏だったね。
キミとはじめてキスをしたのは。

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