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【短編】やまびこ

  AとBが談笑しながら歩いている。Aがふと、河川の向こう岸でこちらに呼びかけている人物を見つける

A「おい、あれ見てみろよ。ほら、あの向こう岸の。なんかこっち向かって叫んでら」
B「ホントだ。でも全然聞こえないや。知り合い?」
A「いや、顔はよく見えないなぁ。でも知り合いじゃない気がするんだよな。これって何か反応したほうがいい感じ?」
B「まぁ無視するのもなぁ。わざわざ向こう岸からってことは大事なことなのかもしれないし」
A「そうだよなぁ。でも全然聞こえないしなぁ」
B「もっと大きな声出すようにこっちから言えばいいんじゃないか」
A「俺が?ヤだよこんなところで大声出すの」
B「そんなこと言ってる場合か。あんな必死に叫んでるんだから多分大事なことだよ」
A「そうか、じゃあ恥ずいけど」

A、 向こう岸に大声で呼びかける

A「すいませーん!なんて言ってるか全然わかんないんですけどー!もっと大きな声でお願いしまーす!これ聞こえたかな?」
B「どうだろう」
A「あんな大きな声久しぶりに出したわ」
B「あ、またあっちの人がなんか言ってる。ん?よく見たら別の人だな」
A「え?なんで?」
B「さぁ。あっち側では結構なことが起きているのかもしれないな」
A「こっちの声は聞こえてんのかな」
B「うーん。相変わらずあっちの声は聞こえないからわからないな」

B、 向こう岸に大声で呼びかける

B「こっちの声聞こえますかー!そっちでなんかあったんですかー!」
A「お前もやるんだ」
B「ボーッとしててもしょうがないし」
A「様子を見る限りあっちにも聞こえてないみたいだな。うわっ、なんかあっち側に人が集まってきたぞ」
B「えっ、なんで?」
A「わからん。これはただ事じゃないかもな」

 Cが二人の会話に入ってくる

C「なんだお前ら!さっきからうるせぇぞ」
A「うわ、誰?」
C「そんなことはどうでもいいんだよ。さっきから近所迷惑なんだよ」
B「いや、あの向こう岸の人達がなんかこっちに向かって叫んでるんですよ」
C「なんて?」
B「それがわかんないんですよ。だからこっちも叫び返してるんです」
A「おーい!だから聞こえないってー!」
C「うわっ、びっくりした。お前急に叫ぶんじゃねぇよ」
A「あっちにも結構人いるでしょ。なにか重要なことかもしれないじゃないですか。おじさんも手伝ってくださいよ」
C「え、俺も?じゃあ、まぁ(咳払い)」

C、 向こう岸に大声で呼びかける

C「おーい!さっきから何言ってるのか全然わかんないの!もっと大きな声で!ホラ!」
A「うるさー」
B「おじさんが一番うるさいですね」
C「お前らがやれって言ったんだろ」
A「うわ、あっちもどんどん人集まってきたよ。相変わらずなんも聞こえないけど」
B「これは本当にただ事じゃないのかもしれない」
C「そもそも俺の声も聞こえてんのか?」

D、 会話に入ってくる

D「ちょっと、さっきからうるさいですよ。大の大人がギャーギャーと。子供が起きちゃうでしょうが」
C「あんた誰だい?」
D「誰だいじゃないですよ。わたしはこの辺に住んでるものですけどねぇ、大声はこんな河川敷じゃなくて海とか山とかライブハウスでお願いしますよ」
B「そうも言ってられないんですよ。ほら、向こう岸のほう見てくださいよ」
D「向こう岸って…うわ!なんであんなに人が?」
A「それがこっちにもわかんないんすよ。なんか叫んでるんですけど内容はわからなくて」
D「とにかく、周りのご近所さんも怖がってるので大きな声を出すのはやめてください」
B「でもあっちの人も必死そうなんで、もしかしたらヤバい事が起きてるんじゃないかって」
D「ヤバいことって?クマが降りてきたとか?」
C「この辺に山はねぇだろ」
D「たまに夕方のニュースでやってる猿とかイノシシを追っかけてるやつとか?」
A「そうだとしてもあんなに必死で叫ばないでしょ」
C「おーい!だから聞こえてないの!もっとはっきり!大きな声で言って!」
D「うわ、ビックリした。いきなり隣で大声出さないでくださいよ」
C「重要なことかもしれねぇだろ。大声くらいでギャーギャー騒いでんじゃねぇや」
D「騒いでるのはあんたたちでしょ!」
A「ああ、ちょっと喧嘩しないで」

 警官が入ってくる

警官「ちょっとあなた達、何してるんですか」
A「え?警察?」
D「私が通報しときました」
B「なんで⁉」
D「外から男たちの怒鳴り声が聞こえてきたら通報するのが当然でしょう」
B「たしかに」
警官「さっきから近隣住民の通報がいっぱい来てるんですよ。河川敷で叫んでる集団がいるって。うわ、なんであっち側にも人がいっぱいいるんですか」
C「それがわかんねぇんだよ。なんか言ってんだけど」
警官「ホントだ、なんか言ってる。でも内容は聞こえませんね」
A「そうなんですよ。お巡りさんはなにかわかりませんか?」
警官「いや、こっちにもなにも知らされてないですね」
D「ちょっとー!なに言ってるか聞こえないのでもうちょっと大きな声でー!」
警官「うわ、ビックリした。隣で急に叫ばないでくださいよ」
B「さっきからこうやってこっちからも聞いてるんですけど、あっちの聞こえてるのかわからなくて」
警官「なるほど。あっちもあんなに必死に叫んでいるということはなにか重要な案件なのかもしれませんね」
A「そうなんですよ」
警官「パトカーに拡声器があるので持ってきましょう」
B「あぁ、ありがとうございます」

 警官、拡声器を取りに戻る

C「だーかーらー!こっちにはなにも聞こえてないのー!」
A「進展なしっすね」
C「あっちの人数ばかり増えてきやがる。多いくせになに言ってるのかは全くわからねぇ」
D「ん?ちょっとあの真ん中の人達喧嘩してませんか?」
B「え?ホントだ。バチバチの殴り合いしてる」
A「なんで?ますますわからなくなってきたな」
C「うわ、すげぇ。乱闘になりかけてるな」
B「何が起きてるんだろう」
D「あ、お巡りさん戻ってきましたよ」

 警官、拡声器を持って戻ってくる

警官「おまたせしました。何か進展は?」
A「向こう岸で殴り合いになってます」
警官「はい⁉なんで⁉この短時間で」
B「全くわかりません」
D「とにかくやめさせないと」

 警官、拡声器を使って向こう岸に呼びかける

警官「そこの集団!喧嘩するのはやめなさい!何があったかはしらないけど。直ちにやめて一旦落ち着きなさい!」
A「聞く耳持たずですね」
C「これも多分聞こえてないんだろうな」
D「もっと大きな声出せないんですか?その機械」
警官「ボリュームはマックスなんですけどね。あんま大声出しすぎると音割れして使い物になんないんですよ」
C「なんだ。使えねぇな」
警官「そんな言い方ないでしょう」
A「ちょっと、こっちも喧嘩しないでくださいよ」

 他にも複数の人が騒ぎを聞きつけて集まってくる
 「何があったんですか?喧嘩って聞こえましたけど」
 「ちょっとあなた、注意してくるよう頼んだのに一緒になって何やってるんですか」

30分前、向こう岸。XとYが歩いている

Y「それで、明後日のライブのことなんだけど…」
X「あ、ちょっとまって」

 Xが向こう岸のAとBに向かって叫ぶ

X「おーい!そこの、歩いてる人!お前田岡だろー!久しぶりー!」
Y「うわ、急にそんな大声出す⁉」
X「ほら、あっちに歩いてるやついるだろ。あれ俺の高校の同級生なの」
Y「へぇ~」
X「おーい!田岡ー!無視すんなって!」
Y「あっ、こっち向いた。気づいたんじゃない」

 X、急に黙ってその場を去ろうとする

Y「えっ、急にどうしたの?田岡くんこっちに気づいたみたいよ」
X「…あれ、田岡じゃないわ」
Y「え?」
X「普通に人違い。めっちゃ恥ずい」
Y「マジでか。あんなにハツラツと叫んでたのに」
X「そう。だからより気まずい。ここはなる早でこの場を去ろう」
Y「情けないやつだなぁ」

 たまたま通りかかったZ、向こう岸で叫ぶAを見つける。Z、大声でAに呼びかける

Z「すいませーん!全く聞こえてないのでもう少し大きい声でお願いできますかー!」

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