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夏にバズったコの個展へ

本日は、芸大生の女の子の個展を観に、文京区のとあるギャラリーへ行ってみた。

ただ、自分はもともと芸術に理解も興味もない。
正直に言うと、今日、個展で、彼女の作品を全てみて、そこに込められた意味や意図、思考の奥深さなど、本来感じるべきであろうことは、さっぱり分からなかった。

それでも「なんでもないもの」と「なんとも言えないもの」の違いは大きいとは思っている。なんとなくだけど今日の一日は自分の2022年をちょっと面白いものにしてくれる気がしている。

色本藍さんについて

この個展の主催者である色本藍さんを知ったきっかけは4ヶ月前、目に止まった↓のツイートだった。

その頃の東京は、連日5000人以上の新規感染者数を記録していて、世間の雰囲気は今よりもピリついていたように思う。その中で彼女のツイートは逼迫した生活を送る都内の若者の声を象徴しているようだった。彼女のこのツイートは最終的に5.1万リツイートされ、28.2万イイネされた。そのバズり具合に彼女自身が驚いてもいたし、自分のツイートに興味をもってくれた人達に少しでも作品も見てもらえたら、、、と、自身の作品を紹介する後追いのツイートもしていた。そのツイートは最終的に214リツイートされ、3247イイネがついた。

自分は、このバズがきっかけで彼女の生活が何か少しでも良い方向に変わるのか?が気になり、それからしばらく彼女のツイートを気にしていた。

コメント欄ではたくさんの共感が寄せられていた。ただ、それ自体は彼女の生活の困窮さを変えるものではないだろうと思ったので、ささやかな支援をしてみようと思い、彼女がネット上で販売している作品を1つ買ってみることにした。ただ、自分もそんなに裕福なわけではないので、500円のステッカーにほんの少しだけチップを上乗せして購入してみた。

これ自体は、彼女の1食にリンゴ一個足せる程度のことでしかないけれど、真似して同じような行動をする人がポツポツ現れれば、彼女の食卓に果物が並ぶ頻度も増えるかもしれないから。

たぶん、そういう連鎖は起こらなかったのだと思う。彼女のツイートは、その後も変わらず、お金に余裕がなさそうな感じだった。

買ったステッカーは、秋からやり込もうと思っていた英単語帳に貼った。「この本がボロボロになるまでやり込めたら、また新しいステッカーをポチってささやかな応援をする」という自分ルールを設け、彼女の創作活動を支援するため…というよりは、自分の英語学習のモチベーション維持のためにこのきっかけを活用することにした。

アートとは?

最初に書いたとおり、自分はもともと芸術に理解も興味もなかったので、彼女の創作した作品の意味は、よく分からない。ただ、彼女の存在自体は印象的で、今回の個展へは行こうと決めていた。

それはきっとこの色本藍さんという女の子の文脈にエンタメ性を感じたからだと思う。

色本さんは、むかし自分がランニングコーチとして、またはアスリートとして出逢ってきた子どもたちの今の年齢と、だいたい同じだ。ただ、自分の知ってる子たち(今は大学生)にはいないタイプだなと感じる。なにか変なのである。

特に印象的だったこととして「バスタブで全裸のまま絵を描いている動画」のツイートがあった。

芸術家の知り合いがいない自分には、コレは既存の流儀の一つなのかが分からないのだけど、彼女のツイートは微かな狂気と何らかの覚悟、そして存在感の伝わってくるものだった。

この絵は、今回の個展で飾られているのだが、詳しい意図は、よく分からない。謎である。

誰が誰を読み解くのか?読み解かれるのか?

そんなこんなで、兎にも角にも今日、自分は個展を訪れ、彼女と直に会ってみた。自分にとっての色本さんは「4ヶ月前、経済的に逼迫した生活をおくる人たちの声を象徴するようなバズを残した他人」であり、おそらく色本さんにとっての自分は「4ヶ月前のわたしのツイートに反応した世間の中のひとり」な、はずだ。

あのバズがきっかけで直に個展を観にきた人がいたことを彼女が嬉しいと感じたかどうか…は、ともかくとして、今日の自分の一日は今後の彼女の人生になんらかの印象を残せたのかどうかに少しだけ興味がある。

もし今日の自分が彼女にとっての「なんでもない人物」であったなら、今後の彼女の作品にも何も影響を与えないだろうけれど、もしも「なんとも言えない人物」として記憶から消えないのだとしたら、今後の彼女の言葉、行動、作品からアートを実感できるようになるのかもしれない。

その文脈に、令和ならではの意味があるような気がしている。

p.s.
帰りにお台場へ寄り、友人達へのサプライズ用に大量のピンクのうんこを購入。久しぶりの都心で有意義な週末を過ごせました。



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