何者になれるか お金の心配をしたことはない。我が家は日本の一般的な家庭と比較してきっと裕福で、必要な物を買えない経験はこれといって無かった。家事が大変なら時々ハウスキーパーに来て貰おうか、と父は言った。父は生活に必要と判断したことに、いっさい金を惜しまなかった。しかし私はハウスキーパーは必要ないと答えた。私達の生活に必要なのは、そういう家事能力ではない。それはもう事足りている。 それよりも必要なものがある気がしていた。しかし私はそれを上手く言語化できなかった。今もできな
その家は写真に残っていない。だから記憶を文字にして残そうと思う。私の、父方の祖母と祖父の家。父が産まれた頃には築100年くらいだったと聞く。今は築200年近いはず。 その家を思い出す時、必ず私は雪景色で思い出す。地球温暖化のせいかだんだん雪が積もる量が減っていたけれど、昔は2〜3m積もっていた。岩手の北上駅から車で1時間ほどの山の中で、その家をいつも雪に埋もれた状態で発見した。真っ白な景色で不意に車が左折するとようやく車窓の遠くにその家が覗いた。 隣の家まで500mはあ
死んじゃったら何も分からないんだよ、と母は時々言っていた。だから死んだ人に対して色々やってあげる必要はない、と。それは死んだ人に対して自分が何かをしたくないという意味ではなく、自分が死んだ後に自分に何かしてくれなくて構わない、という意味の遠慮だったのだと思う。母自身が故人に対して何もしていなかったかと言うと、そんなことは決してない。葬儀や法事の類はしっかり参加する人だ。 母は、死んじゃったら何も分からない、と心底から思っていた訳ではないはずだ。だって母方の祖母が亡くなった
未だに根強い人気がある名作SF小説「虐殺器官」(伊藤計劃著)を昨年読みました。「ベストSF2007」国内篇第1位となり、「ゼロ年代SFベスト」国内篇第1位にもなったことがあり映画化もされている小説です。この記事を読んでいる方にも虐殺器官が好きな方がいらっしゃるかもしれませんね。以下は少々ネタバレを含む内容になりますので未読の方はご注意ください。 とても面白い小説です。私はそれまでSF小説は読んだ経験がなかったのですが、世界観といいテーマといい凄い出来の小説だと思いました