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【※ネタバレ注意】「大悪党地獄ヶ原斬人」 プレイヤーキャラクター後日談

このストーリーは、TRPG エモクロア「大悪党地獄ヶ原斬人」でプレイヤーキャラクターとして活躍したキャラクター、並木 俊くんのファンフィクション(後日談)です。

PC:並木 俊 https://emoklore.charasheet.jp/edit/215700

※この後日談は、エモクロア「大悪党地獄ヶ原斬人」のネタバレを含みます。閲覧にはご注意ください。

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「生き残らなければならない」
年月を経て、しわしわになった古いノートの1ページ目に書かれた文字を、かすり傷だらけの右手の親指でなぞる。
生き残らなければならない。
それが、この業界に入ったときに僕が深く胸に刻んだ言葉だった。

アートというものはどれも素晴らしい。
最初は、ただその感情だけがあった。
何も持たない、何者でもないただの子供であった僕は、ただ、芸術作品が好きだった。感受性の強い子供だったし、アート好きの幼馴染もいた。裕福な家庭に生まれ、両親に幼い頃から芸術作品に接する機会を作ってもらったおかげでもあったのだろう。僕は、アートを愛する青年に育った。
作品の前に立つと、言葉ではなされない、深い部分での対話のようなものをしているように感じた。その相手は、作者だけではなく、僕自身であることもあれば、僕のもっと深い部分にある、人間性そのものであることもあった。
作品の前に立つとき、僕はひとりではなかった。そういう意味で人間がひとりではないということを、僕は幼い頃からよく知っていた。

成長するにつれて、僕はこの業界には巨大な権力やカネが渦巻いていることを知った。若い芸術家の多くは、業界で生きていく難しさに直面して筆を置く。その一方で、作品を売り買いして莫大なカネを稼ぐ富豪がいる。

変えなくてはならなかった。
「才能、無いのかも」
そんなことを言いながら、ボロボロのアパートの一室で笑っていた幼馴染の笑顔が思い出される。絵の具のしみがついたままの畳が敷かれたひどい部屋だったが、部屋の主は明るかった。
「そんなことないさ」
安酒の瓶を傾けて、最後の一滴をグラスに落としながら僕はそう言った。部屋に積み重ねて置かれたキャンバスが瓶に写り込んでしましま模様を作っていた。実際、そんなことはなかった。僕は彼の作品に深い敬意を抱いていた。みんな僕を賢いというけれど、彼の絵は、賢さでは到底到達できないようなひとかけらの真理を描いていた。
「お前だって諦めただろ」
「僕は元々才能なんてないさ」
「はっ、お医者様がなんか言ってら」
彼はけらけらと笑いながら昔僕が書いた絵がああだった、こうだったと話した。僕は昔から不器用だったので、情熱は人一倍あっても、描いた絵は彼とは比べ物にならないほどひどいものだった。両親すら僕の書いた絵を褒めてはくれなかったが、彼を笑わせることはできた。
大学に入り、めったに会えなくなっても、僕と彼の関係は変わらなかった。相変わらず僕は彼が好きで、彼の絵が好きで、僕たちはこうしてたまに会って飲み交わした。一度困っているならカネを貸すと言ったら、彼はしばらく考えて、「貸すくらいならくれよ、けちくさいな」と言った。本当に賢い友人だった。

彼が死んだと聞いたとき、僕は珍しく勉強に手こずっていた。進路が決まるような大きな試験が迫っていたのだ。
参考書を手に持ったまま電話に出て、僕は彼の死を知った。部屋で、ひとりで死んでいたらしい。原因が特定できず、変死扱いということだった。
僕は手に持った参考書に貼ってあった付箋に、聞き出した葬式の場所と日程を小さな文字でメモした。
葬式は次の日に行われた。喪服なんて持っていなかったので、大学の入学式のときに買った、少しサイズの小さくなったスーツを着て行った僕を、彼の母親は気丈にも泣きくずれることなく迎えてくれた。女手一つで育てた息子を失ったばかりにも関わらず、相変わらずの優しさを持ったままの彼女の強さが眩しかった。来てくれてありがとう、あの子も喜ぶ、と言ってくれた彼女の握りしめた手をとって、僕はありきたりなお悔やみの言葉を言った。

葬式からの帰り道、僕は小さめの分厚いノートブックを買った。
そして、帰宅するなりきゅうくつなスーツのまま机の前に座り、鉛筆で1ページめに刻むように書き付けた。
「生き残らなければならない」
ぽたぽたと、涙がページの上に落ちた。
思えば、彼が死んだと聞いてから僕は一度も泣かなかったのに、そのときばかりはなぜか涙が止まらなかった。
生きていかなければならなかった。この世界を。

涙のあとのついたしわしわのページを、僕は懐かしい気持ちで見つめた。
どういうめぐり合わせで、僕はここまで来られたのだろう、と思う。
今では、僕はアート業界の若き期待の星だとか、キュレーターとして成功した時の人だとか言われて雑誌に取り上げられることもある。そういう記事を見ると、どうしても自分のことだとは思えず、滑稽に思えてしまう。
僕は、たしかにここに来るまで死にものぐるいで頑張ってきた。それでも、僕がここまでこれたのは、周りの人間達に恵まれたからだと思う。医者の道を諦めてこの仕事に進むと言った僕を許してくれた両親、たくさんのアーティストを紹介してくれた先輩たち、僕を信じて作品を託してくれるアーティストたち、僕の選んだ作品を好きだと言ってくれるファンたち。
だから、僕は運が良かったのだ。
そして、彼は運が悪かったのだ。
僕は彼のことを思う。「地獄ヶ原斬人」と、悪ふざけのような名を名乗った男のことを。
親を殺して、悪の組織に入って、大変な悪行の数々を行った、あまりにも非現実的な彼の評判とは裏腹な、運の悪い絵の好きな青年。
フィクションの世界に、マルチバースという概念がある。
いくつもの可能性によって分岐した宇宙の中にいる、いくつものバージョンの僕。
最悪に運が悪かったバージョンの僕は、ああいう感じだったのかもしれない、と僕は思う。
もしかしたら、彼の罪を勝手に許した僕がそう思いたいだけなのかもしれない。
彼が悪人なのではなく、運が悪かっただけだと。自らの安心のために。
もしかしたら、そうなのかもしれない。彼が本当に悪人で、これから罪を犯したとしたら、僕はその責任をとって罪を償わなくてはならない。彼を勝手に許した者として。
まあ、そのときは仕方ない。僕は、ただのアート好きとして、できることをするだけだ。ノートを閉じて、引き出しにしまう。

扉を開いて、自室から出ると、彼がいた。
「よう、仕事ばっかりしてないで息抜きしようぜ、相棒」
警備服のままの彼は、安酒の瓶をこちらに放ってそう言った。
どうしてか、懐かしい気がした。あの頃とは瓶のデザインも銘柄も違うのに。
「相棒と呼ぶなと何度も言っているだろう。僕は明日までに作らないといけない資料があるんだ。君だって作品の作業進めてくれよ」
そう言って、僕は彼に背を向けて歩き出した。なんとなく、彼がついて来るような気がしていた。


■クレジット
・シナリオ・NPCイラスト
しまどりる https://twitter.com/simadoriru
・アイコンイラスト
雨森メメ https://twitter.com/memexxxmochi
・DTP・デザイン
da-ya https://twitter.com/daaayaDesign
・スペシャルサンクス
まだら牛 https://twitter.com/m_Usi
FiNeStAgE https://twitter.com/FineStage

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