潮風に吹かれて

似合わねえ。
 体型を隠してくれないミニのキャミワンピ。むき出しの肩も腕も、そして頬もちりちりと痒いようなくすぐったいようなわずかな痛みがあるのは日差しのせい。日焼け止めは塗ったのかいと周りの鳥たちが笑う。ひとの世界は約束事が多くてめんどうだ。換毛しない肌は着るものに気をつかう。いつだったかやっぱり夏に、日よけにチューリップ帽をかぶろうとしたら、このかたちの帽子が流行ったのはもうずいぶんと昔のことだと言われた。教えてくれたのは誰だったか。
 この服ももう何年か何十年かしたら時代遅れになるのだろうか。それとも妖怪になるのだろうか。

 猫は二十年生きると猫又になるという。それとも十年だったか。いのちをもたない道具たちも長い時を経ると魂を宿すという。妖怪になってひとのすがたを取るものがあるという。ならば百年生きた海鳥は何になるのか。ひとのようなすがたの俺は、白い羽の代わりに白い腕を持つようになった俺は何なのか。黒い嘴の代わりに紅い唇を持つようになった俺は。

「みどり」
 声をかけられて振り向くと、つがいが困った顔をして突っ立っていた。俺よりさきにひとのすがたを取ったつがいは、もとは鳥ですらなかった。
 俺よりひとまわりでかいからだは雄のもので、俺のからだは雌のもの。だからこいつは俺のつがいだ。
 長く死ななかった猫は猫又になる。ならば長く死ななかった俺は鳥又になったのだろうか。そしてこいつは長く死ななかった魚。おたがいにまだ海にいたころ俺がさんざ追いかけまわして、捕まえそこねて食いそこねていた銀の鱗の青い魚。うまそうな獲物だったのに、いや、いつか獲物にしてやろうと思っていたのに、いつからか見なくなって、他の鳥か魚かに食われたのかと惜しんでいたらいつのまにかひとのすがたを取っていた。青く銀色に光っていた肌は浅黒くなり、あと少しのところでいつも嘴からするりと逃げていた尾鰭はがっしりと太い足になっていた。だから俺もひとになった。そうして陸でもさんざ追いかけまわして、そうしてつがいになった。そうはいっても俺もこいつもひとではないから、ひとのつがいのように子を成すことはない。子を成さないつがいもいるというし、それはそれでかまわない。
「みどり、なあ。出かける時はどこに行くか言ってくれよ」
 心配かけるなよ。そういって笑うつがいの、もとは鰭だった腕をつかんで、もとは羽だった腕をからめて、俺も笑った。

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