浦井が一人と「話」が三つ "東京の話"
浦井が一人と「話」が三つを配信で観劇した。
三者三様でどの脚本も素晴らしく、またその三者三様の脚本に馴染む浦井さんの姿には畏怖の念を覚えた。
当たり前だが、浦井さんの演じるキャラクターは全員違う人物である。
姿はさほど変わりなく、特に1本目の"素直になれない僕の四季"と3本目の"東京の話"はどちらもスーツを着用していた。演じ分けが本当に上手な方だと思った。
今回は"東京の話"について感想を書きたいと思う。
ざっくりとした内容としては、『死んでしまったサラリーマンが好きな人に思いを伝えるためだけに、この世界に戻ってきた』といったところだろうか。
これが胸に刺さって抜けないんだよ。
観る回数を重ねるごとに切なさと、この作品が好きだという気持ちが増していく。
浦井さん演じるサラリーマンの高輪さんは気さくで、細かい描写まではないけどきっと後輩に対して分け隔てなく優しいのだろうなと、想像できるような人物。
これは私の脳内イメージだけど、30代半ばくらいかな。
一方神田くんに関しては情報があまりないのだけど、YouTubeで喫煙所じゃないところで煙草を吸う人を注意して回るYouTuberの動画を観ているので、20代半ばから後半くらいかなと思う。
偏見か?
あとは、成城石井の280円のクラフトコーラを200円と言ってしまうほど端折る人。
これは本当にあった浦井さんの話らしく、実際は端折ったわけではなく300円のコーラを買うおのぼりさんだと思われたくなかったから200円と言った、という話だったのだけど。
良いエピソードだなぁ。
時間帯としては金曜日の23時台、日を跨ぐ直前から土曜日にかけてといったところかな。
東京タワーの消灯が0時だから、確実に日は跨いでいる。
会社に戻ってきた高輪さんと、残業していた神田くんが雑談をする描写。
東京タワーのイメージが「東京」ではなく「TOKYO」なのは分かる。
すごく分かる。
高輪さんが言っていた「宮崎駿がドワンゴの社長に静かにキレる動画」を観たことがなかったのだけど、なんというか音の響きだけで面白いので笑ってしまった。
(その後例の動画を観たけど、会議室のピリついた雰囲気が怖くて笑えなかった)
神田くんに顔をよく覚えられていなかった高輪さん、まぁ会社の同僚の顔をまじまじと見ることもないしな…と思ったけど、先輩に恐らく悪気なく言えてしまうあたりは肝が座っているなと。
その後高輪さんが死んだことも知っていたと判明したときは、あまりに肝が座りすぎでは…と思ってしまった。
この作品を何周かして考えたのは、神田くんは高輪さんが戻ってくることをなんとなく察知していて帰りたくなかったのかな、とか。
だから戻ってきた高輪さんの姿を見たときも驚かない。
根拠が全くないので妄想でしかないのだけど、そういうレベルで引き合わされていたらいいのにな、と思ってしまった。
ポルターガイストの起こし方が可愛い。
紙飛行機。
文字を印字して飛ばすって、ポルターガイストの域超えてない?
韮は確かに幽霊文字っぽい。
見れば見るほど漢字とは思えない。
スペースで韮の花言葉についてワクサカさんがお話されていて「悲しい別れ」「耐える愛」らしくて、頭を抱えた。
でもね、他に調べてみたら「星への願い」と「多幸」とも出てきて、高輪さん…。
私が勝手に救われた。
高輪さんが神田くんに想いを伝える。
そして、あの日の夜のこと。
無印良品のBGMが流れる中、お寿司を食べてお酒を嗜んで。
店を出て神田くんから高輪さんにキスをした。
しかし、神田くんは覚えていなかった。
端折ってしまったのだ。
切ない…。
大事な思い出であるこの夜の記憶が、高輪さんひとりだけのものだなんて。
酔って記憶をなくすことを「端折る」と表現するのは面白いなと思った。
今度から私も記憶なくしたら「端折っちゃって〜」と言うようにしよう。
先程想いを伝えたことにより、この世に未練がないとみなされた高輪さんは何度も召されそうになる。
改めて、自分の気持ちを伝える間もなく。
なんとかしてこの世に留まろうと奮起する高輪さん、セリフの偏見がすごくて好き。
ワクサカさんが、浦井さんに言わせたいのだろうなぁというのがひしひしと伝わってくる。
実際に言わせたかったけどNGが出て「川ですいかは案外冷えない」に変更になったところ、気になるなぁ。
浦井さんの「召されちゃう」の言い方、本当に召されそうであの世とこの世の狭間にいるのがしっかりと見えて好き。
結局想いを伝えず、ひとりでゆっくり召されようとする高輪さんに「最後の思い出に」とキスをしようとする神田くん。
一度は応じようとするも、高輪さんは「また夢になるといけないから」と断る。
ポルターガイストで紙飛行機を飛ばし、手を振る高輪さんの姿で終演。
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なんだか、この一夜が夢だったかのような。
そんな気持ちになった。
切なさがこみ上げてきて、泣いてしまった。
私は全く落語に触れたことがなくて知らなかったのだけど「また夢になるといけないから」は、"芝浜"という古典落語のセリフなんですね。
それで私、聴いてみたんですよ。
"芝浜"。
ざっくり、本当にざっくり言うと「夢だけど、夢じゃなかった!」みたいなお話でハッピーエンドなんです。
で、考えたのですが芝浜の話の流れに沿っていくと、高輪さんが「また夢になるといけないから」というセリフを発することによって、あの夜が現実であったことをより明確にしているのではないかと思って。
これは私なりの解釈なので、随分とお門違いだなと思われた方には申し訳ないんですけど。
落語をよく知らないくせに生意気な!と言われたら謝ることしかできません。
ただ、"芝浜"を初めて聴いてそういうような捉え方もできるのかもと思った次第でした。
神田くんの性別は特に明かされず、明かさないのもワクサカさんの意図だと知って、私はますますこの作品が好きになった。
女性を君付けで呼ぶ人もいるけど、高輪さんの話しかけ方を見る限り男性っぽいな、でもう〜ん…とかいろいろ考えていた。
答えがないのが正解で良かった。
マツクラさんは「女性という選択肢がなく、最初から男性だと思っていた」という話を聞いて、すごく面白いなと思った。
人によって捉え方が全く違う。
相手がいないひとり芝居の醍醐味だ。
そして私の捉え方で言うと、相手の性別を明確にさせない浦井さんの演技力は本当に凄いと思った。
浦井のりひろというプレイヤーの芝居を、もっと観たい。
今回の衣装はスーツが多かったけど、浦井さんがスーツを纏うと哀愁が5倍増しほどになる。
そして、その哀愁も相まって色気が凄まじい。
まるで未亡人のそれ。
どうでも良いが、草臥れたサラリーマンが好きな私にはドンピシャだ。
スペースを聴いていると、脚本勢の方々の"浦井さんをこう魅せたい"が一致する部分が結構あって面白かった。
告白させたくなったり、死なせたくなったり、悲しい表情をさせたくなったり。
どれも、分かるなぁと思いながら聴いていた。
私は脚本を書くわけじゃないけど、こういう浦井さんが観たい!というのは少なからずあるわけで。
個人的には浦井さんの哀愁と"死"の相性は非常に良いと思っていたので、今回観られて本当に良かったなと。
今度はとんでもない悪役が観たいなとも思っている。
連続殺人犯とか、殺人を犯してしまってワナワナ震えて怯えている人とか。
ん、どうあがいても"死"から離れないな…。
これは単に私の性癖なのでアレなんですけど。
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浦井が一人という公演のシリーズを観るのは初めてだったが、初見でこんなにハイクオリティなものを浴びてしまったら恐ろしいよ。
これからも浦井さんのひとり芝居を観られる機会があると良いなと思っているし、なんならこの公演を円盤化してほしいとさえ思う。
心が疲れて寂しくなった夜に観たい。
浦井さん、お笑いの域を超えてとんでもない俳優さんになってしまうんじゃないかな。
仁さんのように。
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