COVID-19、岩田先生、高山先生
COVID-19、いわゆる「コロナウィルス」に関して、色々と喧しい。特に目立ったのは岩田医師がダイヤモンドプリンセス号内部の検疫・隔離体制が「ぐちゃぐちゃだ」、なっていないとYouTubeを通じて暴露し、たくさんのメディアへ拡散したのち、厚労省サイドで対策に取り組んでいた高山医師がこれにコメントし、その後岩田医師がYouTubeにアップロードしてあった動画を削除し、陳謝したことだ。動画を削除した理由について岩田医師本人は「これ以上この議論を続ける理由がなくなった」と言っている。(2月20日の日本外国特派員協会におけるオンライン記者会見(英語)で、岩田先生は(1)船内における分離体制が一定の改善をされたこと、(2)この会見の前日、【訂正:国立感染症研究所の公表したデータ(もとは「厚生労働省」と書いていました)】によれば、二次感染は概ねクルーに限られていて、日本人旅行者の二次感染は少ないというデータを見たので、動画の役割は終えたと判断して削除した、とのこと。)
岩田先生は、感染症の専門家として医療界で高い評価を受けつつも、本人のまったく「歯に衣を着せない」「忖度しない」態度などから、いろいろと批判めいた評価をネット民などから受けている。
他方、高山先生もまた感染症の専門家であり、僻地から高度医療の世界まで幅広い経験を持ち、またそれらをバランスよく俯瞰しながら、ジャーナリスティックな観点を含めて発信できるユニークな医師である。
今回のことで、私の知人が「一方は敵を作り、他方は味方を増やしている」といった表現をしている。なかなかに当を得ているとは思うが、だからと言って私には一方を非難する理由はない。
そのことについて、今回岩田医師のビデオをツイッターとFacebookで拡散し、かつ高山先生の発言もフォローしFacebookで拡散した自分が、わずかではあるが両方とも知己であることを元に、自分が見たものと彼らのあり方について、ここにまとめておくことにする。
まずは岩田健太郎先生から。彼は感染症コントロールのプロである。医療界でそれを認めない人はいないだろう。(いればその人の発言は無視していい)
彼は、サイエンス上の真理・論理性について、いっさいの忖度をしない。相手が誰であれ、どんな立場の人間であれ、おかしいと思ったら面と向かって「おかしい」という人である。当然のように、忖度しないゆえの敵が多いようである。だからと言って、彼のサイエンスに関する発言を軽視するのはまったく適切ではない。彼は少なくとも耳を傾けるべき意見を述べる。
面倒そうな奴だ、ネトウヨをコケにしている、左翼思想だ、などと特に彼の立ち位置を理由に侮蔑的な発言をする輩は(まさしくどっちでもいいわけだが)全部無視していい。彼の発信する本質的な論点からみればそれらは全部ノイズに過ぎない。
今回、彼は外部から入った観察者として振る舞っている。彼はその立ち位置から原則論でものを言っている。最大のポイントはレッドゾーンとグリーンゾーンが区別されていない環境だ、という点だ。そして単一の感染症コントロールチームまたはリーダーがリーダーシップをもって状況を制御できてないことだ。だから感染制御がうまく行っていないと主張している。
この「原則論による指摘」は外部者のアドバイスとして、正しい。課題を抱えている、つまり全てがうまくは行っていない現場において、目指すべき方向は原則・プリンシプルだ。その原則を誰にも忖度することなく、ここには課題があると堂々と指摘する人間は、チームが終局的に正しい方向を向きたいなら、必要な存在だ。他に誰もやらない、できないなら自分がそれをやるというアクションをとった岩田医師は、今回のイベントでほとんど欠くべからざる価値を持つ貴重な存在だ。(自衛隊のチームが直ちに対応方針を改善したと聞いている。)
高山先生はどうか。彼も感染症のプロだ。彼はまた幅広い医療フィールドでの「現場の人」であり、非常にコミュニケーション能力が高い。患者さん本人や家族との話し合いから官僚とのやりとりやさらに広い世界までの中に自分の身を置き、そこの人たちと馴染みながら、一緒に、徐々に目的に向かっていく。サイエンスとともにポジションを俯瞰しならが活動できる人だ。
今回彼は 内部者であった。今回の指揮系統の中での彼のポジションなど詳しくは知らないが(本人は「最下層の雑用係です」と表現している)インキュベーター状態のクルーズ船という混乱した状況から検疫隔離を実行する立場にあり、100%の体制は望めないが、混乱の中からいかに体制を作っていくかを考え、各方面とのリエゾンや利害調整などを含めて対応し実行してきたのだろう。地道でダイハードなフィールドクルーだ。
この二人に共通していることがある。
まずは目的を意識し、実利を取りながらイレギュラーなことにもコミットすることだ。おそらく「不法侵入」などという考えとは、ほとんど無縁のタイプだろう。「必要なら実現できる方法を考える」人たちだ。
二つ目は「間違いは起こる。100%の成功・無謬はありえない。」とわかっていることだ。混乱の中で間違いは起こる。それを把握し、隠さず公表し、学びとして次に繋げ、改善を図る。今回のケースでは岩田医師がその間違いに対し原則の観点からアドバイス(と私は思う)をし、高山医師はフィールドでそれをボトムアップに遂行している。両者が望んでいる到達点までの差分を別々の立ち位置から見て、それぞれにアクションしている、ということだ。
岩田医師がこの出来事のどこかで言っていたことで、おそらく高山医師も同様に注視しているだろうことがある。それは「検査をクリアしたとして政府がダイヤモンドプリンセスから下船させた人と、実際に発症している厚労省事務官やDMATチームの関係者なども含む集団が、今後どのくらい発症し、どの程度の感染クラスターを形成するか」ということだ。これは岩田医師のいう「ぐちゃぐちゃ」の状態が、実際どれくらいぐちゃぐちゃだったのかの証左であるし、逆に高山医師の側からすれば「100%の成功ではないが、どれくらいうまく行っていたのか」のアウトカムである。岩田医師が「『いろいろあったけど、みんなよくやったよねー』のあいまいさで終わらせてはいけない」といっている、まさにそのあいまいさを取り除いて明確に可視化する数字であり、岩田医師も高山医師も共に待ち望んでいる数字だと思う。
三つ目は彼らが互いをリスペクトしている、ということだ。私はそのことを(わずかながらの)普段の付き合いの中で感じているし、今回のケースでの彼ら二人の目標も一致している:感染の拡大を最小限に食い止めるための努力をする、ということだ。その中で第二点のこと、間違いを含めて情報共有して改善を図るという意思も共通している。
立場が違い、やり方も違うが、それぞれが立っている場所から、自分にできる貢献をしているということに変わりはない。
願わくば、今回の岩田医師の爆弾のインパクトが、大局的な意味で高山医師のタスクの遂行のための環境を改善してくれればいいと思う。つまりCDCや、感染症コントロールの専門家がリーダーシップを発揮できる環境が、今後出来上がってくることを期待したい、ということだ。
最後に「無駄事」:今回のことでうるさく聞こえるが、どうでもいいから無視していい些細な事柄を列挙しておく:
「不法侵入」の話:岩田医師は厚労のチャネルにアクセスしている。その先の乗船許可の具体的な流れや事実は当事者レベルで判断されること。外部者がどうこう言うには当たらない。ただの無駄話。彼らのようなプラクティカルな人間にとっては「必要なら実現できる方法を考える」だけの話だ。
「ネトウヨ」など:無意味。シニカルでスマートな言語表現の領域とサイエンスは別。岩田医師の今回の活動はサイエンスである。左翼と一緒に仕事だとかなんだとかは無駄事。
「手のひら返し」:日々状況が変化していく新興感染症の発生段階で情報が増えるにつれて視点や意見がアップデートされていくのは当たり前のこと。同じことを言い続けている方がおかしい。「前にああ言ったじゃないか」という意見はほとんどその時点と現在の状況の差分を把握していない。無駄事。
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