「なんだかんだ」「当たり前」ができなくなった日々
前回の投稿からだいぶ月日が経ってしまいましたが、またnoteを書いていこうと思います。
しかも、内容は暗いです笑
前回は「積極的な姿勢って大事!」という、まあ明るい話題を投稿したのですが、打って変わって今回は「精神が落ち込みに落ち込みすぎていた日々」について書いていこうと思います。
「なんだかおかしい…」と感じ始めた1月
前回の投稿(12月)から期間が空いたのには理由があり、私の人生史上まあ精神が落ち込みに落ち込んでいたからです。
同じくらい(いやそれ以上に)気分が沈んでいたことは何回もあるのですが、今回は自分で「あ、ちょっとこれやばいな」と思いました。
それはこんなに落ち込んでいる「理由」も「きっかけ」もなかったからです。
私はPMSがひどく、心身共に元気な日は生理が終わった後の1週間くらいが当たり前だと思って生きてきました。(のちに漢方の力でそれが女性の当たり前でないことを知りましたが、その話はまた別の機会に)
なので、今回落ち込み始めた1月中旬頃も、「生理中だし、生理が終わればまた元気になるだろう」と軽く思っていました。
でも、生理後もなんだか元気が出ない日々が続きました。
「なんだかんだ」もできなくなった2月
皆さん、「なんだかんだ」出来ていることってあるじゃないですか。
疲れているけど、なんだかんだ洗濯をして、なんだかんだお風呂に入って、なんだかんだ仕事をして…。
その「なんだかんだ」も出来なくなるくらい落ち込んでいました。
その日々について落ち込んでいた私が、noteの下書きに書いておいてくれていたのでそれを要約してお伝えします。(忘れちゃうから、残しておいてくれた私ありがとう!笑)
そんな日々を送りながらも、なんとか自分で立ち上がろうとして、以前に読んで影響を受けた「あした死ぬかもよ?」という本の冒頭を読みました。
この本の冒頭は、自分が今死んでいく過程を想像して、「はい。あなたはたったいま死にました。」と読んだら、5分間身動きひとつせず目を瞑って死を感じる。という過程があります。
そして、5分経ったら「やり残したことはないですか?悔しくはないですか?」と聞かれるのですが、私がその時思ったのは
「このまま死ねたらラクだな…」
だったのです。
今を精一杯生きてるし、悔しいことなんて考える気力もなかったのです。
この本の趣旨は、ここで「今死んだら後悔する!だから今から頑張ろう!」と奮起させることだと思うのですが、私が思ったのは「死ねたらラクだな…」。
そう思ってから、「今の自分まずいぞ」と思ったわけです。
以前にも「もう生きるのいっかな」と思ったことはあったのですが、その時よりも暮らしの状況が悪いし、何よりその時は落ち込んだ原因がありました。
それで、いつもは身支度を整えて月1で行く精神科に、3日お風呂に入っていない状態のまま、本当に助けを求めるように行きました。
それが2月中旬。
そこからは、精神科で新しく処方してもらった薬を飲んで、本当に少しずつ回復していきました。(薬の性能も、毎日飲み続けることで2週間から4週間くらいで効果が出るものなので)
新しい薬を飲み始めてから書いた下書きnoteの一部がこちらです。
「なんだかんだ出来る」「当たり前に出来る」ってすごいんだ
そして、3月から今にかけて、少しずつ感情が戻ってきました。
何かをする度に、ふとあの時の自分にはなかった感情を今は感じることが出来ている!何かをやりたいと思えている!と日々思うのです。
生活も徐々に改善されてきました。
ほんの2ヶ月前は出来ていなかったことが、今は出来ている!
それってすごい!
何にも出来なくなって感じなくなって気づいたこと。それは、
「なんだかんだ出来る」「当たり前に出来る」ってすごい!
っていうこと。
どんなに小さなことでも、「なんだかんだ」家事をして、「当たり前に」楽しいと思えて、それってすごいことなんだなと気付かされました。
だから、最近Xで毎日している「ほめほめ投稿」。
「どんなに小さなことでも出来るってすごいんだ」ということを忘れないように、他の方には全く関係のないしょうもない内容かもしれないけど、自分のために投稿させていただいています笑
「何事も経験してみないと分からない」というけれど、経験してみて改めて気づいた出来事でした。
皆さんにこの経験はしてほしくないけど、私がこの実体験をシェアすることで、本当に小さなことでも「これが出来ている自分すごい!」ってほめほめできるハードルが低くなったら嬉しいなと思います。
長くなりましたが、ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました!
小さなほめほめの輪が広がりますように!
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