『成瀬は天下を取りにいく』 ―ありがとう西部大津店

私はこれから『成瀬は天下を取りにいく』を読もうと思う。
そして、それを読みながら感じたことを章ごとにここに記していく。
この小説についての前知識は無いに等しい。この小説をAmazonで調べる時、名前が思い浮かばず「◯◯は◯◯する 小説」と検索したぐらいには知っていることがほとんどない。だからこそ1つ1つの章でどう感じたかを、あえて分けて書いていこうと思う。

ありがとう西武大津店


あらすじ

中学生の成瀬は、語り手である島崎に対して宣言をする。閉館になる西武大津店で毎日行われるテレビ中継に映り込み続けると。実際彼女はそれを成し遂げる。30日の間欠かさず足を運び、埼玉西武ライオンズのユニフォームを着て毎日カメラに映り続ける。毎日写り続ける中学生の姿は少なからず人目に止まる。地方のローカル番組でSNSを大きく賑わすような変化を与えることはできない。しかし、その対象を個として見た時、1人の男性に、1人のお婆ちゃんに、1人の子どもに届いていた。



どこから話そうか。
まず作品としてかなり読みやすいなと思った。
話し口は中学生である島崎によるものであるためか、淡々としているが難しい言葉や言い回しがない。いい意味で平坦にことの有り様が淡々と語られていく。
小説を読むこと自体が久しぶりにとってはありがたく、その面白さをダイレクトに感じることができた。

成瀬という少女、彼女に涼宮ハルヒの面影を覚えた。私が成瀬と同じ年齢か、それより幾らか幼かった頃に初めて読んだ小説が『涼宮ハルヒの憂鬱』だった。
私が読んだこの1章の限りで言えば、成瀬あかりは、涼宮ハルヒと同様に"自分で決めたこと"をモチベーションに行動する。多分地元愛とか、それをすることで興味を惹きたいだとかのような外的なモチベーションでは動いていない。世界が規定するモチベーションを満たすために行動をするのではなく、自分が決めたことをすることがモチベーションであり、世界はそれについてくる。多分、成瀬はこれをモチベーションと思ってすらいない。
やるからやるのだ。それをやることを一度想像して、脳内でそのビジョンを作り上げることができたが故にそれをなぞるように行動する。多くはないだろうが、こういう人はいる。成瀬のような中学生であれば尚更だ。

この自由で勇敢で、他人の目を理由で行動を制限しない姿勢に十数年前に読んだ小説のヒロインを思い起こす。他方、成瀬は他者に無理強いをしない。涼宮ハルヒが周りを巻きこんで自身のビジョンを達成していくのに対し、成瀬は多分そもそも他人を算段に入れていない。そのくせ他人が自身のビジョンに介入することを気にしない。ここまで個として思考が自立している人は大人でもなかなかいないように思える。言い換えれば、少し人間味に乏しい。もしかすると、思春期がまだ来ておらず、”他者の視線”と言うに思考が汚染されていない少女だからできたのかもしれない。私はもっと成瀬という人間を知りたい。

この段階ではまだ、この本のメインテーマが何か分かりかねる。
しかし今の私が推測するに、”個人の行動による個人の変化”があるような気がする。
例えば、成瀬によって島崎は少しずつ行動的になり、最後は一人でも西武に行くことになった。
成瀬を見ていたおばあちゃんや子どもは、何らかの感銘を受けて記憶に成瀬という存在を残し、それを行動に移した。
大きく世界を動かすような行動でなくても、何人かの記憶に成瀬は確実に残る。この小説の主題はここにあるのかもしれない。

成瀬が言うには、大きなことを百個言って、ひとつでも叶えたら、「あの人すごい」となるという。だから日頃から口に出して種をまいておくことが重要なのだそうだ。

成瀬は天下を取りいく

この言葉が成瀬の本質なのかもしれない。一人の少女が、世界を変えたり、賑わせたりするようなことはできない。ただ、一つ一つの行動で他人の記憶にビスを打っていくことで、いくらかの人間の印象を変えたり、記憶に残ったりすることはできる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?