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日常系の

二十五メートルプールが二つほど横に並べて入りそうな空間に、その空間は無である、人が詰め込まれている。規則的に配された白い机、椅子がそれぞれの個体に与えられ、我々は任意の席につく。みな俯いては世界の中に沈静している。機械的に進行する講義、ここには誰も乗っていない。虚無に沈み神経を侵されていく。忙しなく震える空気に、耳を塞ぐ柔らかなクッションはなく、鋼鉄の壁を構築する。ふと視線を感じて顔を上げる。女だった。

なに? 目で問いかける。

彼女は何も発さなかった。代わりに悪戯っぽく目を細めた。目が顔の外側に引かれるのに呼応して、彼女の柔らかく結ばれた唇もくっきりと横に線を描く。

思わず視線を奪われてしまった。つい、まじまじと観察してしまう。きゅっと斜め上に引き上げられた大きな、底の見えない黒い瞳。その目は少し鋭く何を考えているのか分からない。彼女の瞳と同じくらい黒い髪は、指の間でもてあそぶと楽しいだろうな。程よくまとまっていて、はらはらとこぼれ落ちそうだった。少し綻んだ唇は半分しか視認できなかった。不健康なほど白い手を机の上にのせていたから。

という妄想をしたところで、実のところ彼女には席が与えられていない。彼女は五列前の席に座る学生のシャツにプリントされているのだから。

意識が逸れた。

授業は変わらず進行している。深く沈んだ意識を地上まで引き上げ講義に耳を傾ける。きちんと講義を聞いている学生はいない。

前を向くとやっぱり彼女は微笑んでいる。意味ありげに、挑発的に。

世界に二人、真っ白な世界で対話しているような気分になる。

決して混じり合わないはずの二人の視線が交錯する。その後視線が絡み合うことはなかった。

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