大雪の日、知らない人の家に泊まった
同性と暮らす気軽さのことを考えていたら思い出したので。
大学1年のとき、女子寮に住んでいた。門限はたしか22時。夜遅くまで出かける用事はそれほど多くなかったので、あまり不便を感じずに暮らしていた。
その年の冬、わたしは試食販売のバイトをたまにしていた。ある日の派遣先は、移動に2時間ほどかかるところで、まあでも電車で眠れるな……と思いながら準備をした。
当日、雪が降った。少し積もっていたが、住んでいるところが比較的山のほうだからなだけで、都心は違うかもしれない。指定の服装はワイシャツに黒いかっちりめのパンツ、パンプス。食品売り場はだいたい少し寒いから、黒か紺のカーディガンなら着用可。滑って転ばないかなあとヒヤヒヤしながら、コートを着て向かう。
スーパーまでは駅から徒歩13分。注意深く歩く13分はなかなかきつい。
雪のせいもあってか、それほどお客さんも多くない。乳製品担当の人が、牛乳とそれ以外の乳飲料の見分け方を教えてくれた。紙パックの上部が、少し欠けているのが牛乳。このとき以来、牛乳選びで失敗しなくなった。
お昼休憩のときにTwitterを見てみると、どうもさっきより雪は積もっているらしく、これからさらに降るらしい。警報かなにかが出ていたかもしれない。
牛乳の試飲をしてくれたお客さんがなにかの箱を持って戻ってきて、「僕いつもこのコーンフレーク食べてるんですけど、合うと思います?」と聞く。うーんどうでしょう、ごめんなさい、こちらのものを食べたことがないのでちょっとわからないんですが……きっとおいしいです!と答えると、「あ、そっか、そうですよね……!買ってきます!」と照れ笑いしながら1本持っていってくれた。試食販売員に売り上げのノルマはない(わたしのところは)が、売れるのはおもしろい。
ほぼ人気(ひとけ)のない売り場でぼーっとしていたら、終了時刻になった。この仕事はそれほどつらくないな、強いて言えば、初対面の人と一発で関係を作って、このスーパーのルールをうまく聞き出さなきゃいけないことと、到着報告などをなにかと事務所に電話しなきゃいけないことがちょっと嫌だな、と考えながら片付けをする。
「パートの中で一番強そうなおばちゃんに、きちんと挨拶するとスムーズにいくよ」と誰かが教えてくれたっけ。朝自分で組み立てた、製品の販促プレートや試食台をバックヤードに引っ込める。試食で使った分の商品の清算をする。先払いでもらっていた予算内でおさまった、ラッキー。挨拶をして外に出ると、思った以上に積もっている。止まった路線もあるらしい。うわ、やばいかも。あ、もしもし伊藤さんですか。退店報告です。問題なく終わりました、帰ります。「お疲れさまでしたー!」いつも元気だな、この人は事務所からちゃんと帰れるんだろうか。
電車がゆっくりめに運転されている。一部止まっているところもあるらしい。途中で帰れなくなるのだけは避けたいな……。
予定より1時間半ほど遅れて最寄駅につく。おお、やはりこっちのが積もっていますね。水分多い感じの雪なのに、場所によっては5センチくらい積もっていそう。最寄駅から寮までは、バスで30分弱。バス、瀕死。1時間に3本あるのが1時間1本ペースになっているらしい。駅前に溢れる人。
どうしようかなー、と思っているうちに、バスが完全に運行停止した。再開の見込みなし、明日もどうかわかりません、とのこと。
さて、本格的に、どうしようかな。一応歩いて帰れる距離だが、雪が積もったゆるい上り坂を歩ける格好ではない。ていうか寒い、無理。門限までは1時間を切っていた。充電ももうわずか。
とりあえずタクシー待ちの列に並び、寮に一応電話をしてみるも、門限以降は受け入れできないとのこと(今思えばアホか?という判断だ、決まりよりも雪で冷え切った学生の命を大事にしてくれ)。寮の近くまでタクシーで戻り、部屋を最近借りたという友人宅に泊めてもらおうかと考え連絡してみたが、この長蛇の列ではいつ帰れるかわからない。彼女は明日早くから用事があると聞き、他の方法を探すことにする。「ごめんな、わたし寝るけど、ケータイ近くに置いとくから、いざとなったら連絡してな」と言ってくれる。
駅周辺のホテルはほぼ埋まってしまったらしい。困ったな……と思っていると、前に並んだスーツ姿の女性と目が合った。ちょっと年上か。へらっと笑いかけると、「どうも、雪すごいですね」と顔をしかめつつ笑いながら言われる。感じのいい人。
いやーほんとですね、バイトから帰るとこなんですけど、困っちゃいました。「わたしもバイトで!まさかこんなにひどくなるとは……」ね、ですよね。学生さんですか?「そうなんです、〇〇大学の4年です」おお!同じ大学の1年です。「わあ、そうなんですね!実はちょっとそうかもって思ってました、雰囲気が!笑」たしかに、うちの大学ってそういう感じありますよね……笑「おうちどちらなんですか?よければ相乗りしません?」あー実は今、帰るとこがなくなるかもしれなくて……と説明する。
「え、じゃあうち泊まります?」え?「あ、わたし友人とルームシェアしてるので、部屋に余裕があって。客用布団もあるし。ご友人と連絡とるの大変そうなんですよね?もしよければ……」えーっ、ほんとですか、申し訳ないけどめっちゃ助かります……お世話になっていいですか……!「もちろんです!」
「そういえば、晩ごはん食べました?」いえ、時間がなくて……しかも今ここに並んじゃったから、抜けられなくて……笑「じゃあ、交代でそこの富士そば行きません?わたしもごはん食べてなくて。店内ならちょっとはあったかいだろうし、お手洗いも行きたいですよね」わー、それは、いいですね……!そうしましょう!「じゃあ、お先にどうぞ!」ありがとうございます……!いってきます!
そうやって、交代でごはんを食べたりコンビニに行ったりした。買った充電器で各所に連絡をし、無事を伝える。互いのバイト先の話をしたり、寒い、寒いと言い合ったりして1時間半ほど待ち、ようやく2人でタクシーに乗り込んだ。
こんなことがあるんだなあ、大学名だけで一定の善性が期待できる、と思えるところに進学してよかった……オープンキャンパスで人の雰囲気を見ておいてよかった……と思いながら、外気とタクシー内の温度差でぐったりし、眠りそうになる。
本来30分程度で着くという家に1時間かけて到着し、しもやけ確定だな……と思いながら濡れたバッグや靴を拭いていると、お風呂を沸かしてすすめてくれた。なんなんだ、善良、あまりにも素晴らしい……と思いながらありがたく入る。湯気を出しながらあがると着替えとバスタオルが用意されていて、リビングに戻ったら布団が敷かれていた。天国か?
近くのコンビニのシフトに入っていたというルームシェア相手も帰ってきていたので、挨拶をする。「いやーよかったね!そんなこともあるんだねー。うちも客いないのに最後までいてさ、店長も大変だよねー帰れなくて」。ルームシェア相手がお風呂に入っている間に、わたしは眠ってしまった。
朝、目覚めて帰り道を聞く。まっすぐくだって、のぼって、くだると着くよ。
昨日よりもさらに雪が積もって、車道の周りには車の下半分が見えなくなる高さの白い壁。歩道は、近隣住民によって除雪されたらしきところと、ふかふかの雪のままのところがまばら。誰かが踏んでできた細い道を、なんとか足跡の通りにたどろうとしても、横から雪が崩れてきて足が数回軽く埋まる。このパンプス、もうダメだろうな。足をべちゃべちゃにして、寮まで歩いて帰った。
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