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濱口桂一郎先生(労働政策研究・研修機構労働政策研究所長)の新刊『家政婦の歴史』(文春新書) を読了

こんにちは。

IPO支援・労使トラブル防止やハラスメント防止などのコンサルティング・就業規則や人事評価制度などの作成や改定・HRテクノロジー導入支援・各種セミナー講師などを行っている社会保険労務士法人シグナル代表の特定社会保険労務士有馬美帆(@sharoushisignal)です。
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濱口桂一郎先生(労働政策研究・研修機構労働政策研究所長)の新刊、『家政婦の歴史』(文春新書)を読了しました。


表紙の帯がドラマ『家政婦は見た』的なかわいいイラストになっていて、書店でも手に取りやすそうな一冊なのですが……。「家政婦」を労働法の視点から調べ尽くし論じ尽くすという、あまりにもマイナー過ぎる内容に売れ行きを心配してしまいたくなるです。


濱口先生が本書を執筆された原点となる裁判例が、「国・渋谷労働基準監督署長(山本サービス)事件」(東京地判令和4年9月29日)です。
詳細は濱口先生ご自身がブログで丁寧なご解説と問題提起をされていらっしゃいますので、ぜひともそちらをご覧いただきたいのですが、このnoteでもなぜこの裁判に至ったかについて、手短にお伝えしておきます。


2015年5月に家政婦兼訪問介護ヘルパーとしての業務を終えた後に亡くなられた女性Aさん(68歳)の夫からの、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく請求(遺族補償給付及び葬祭料の請求)について、渋谷労働基準監督所長が不支給の処分をしました。
納得の行かない夫は、審査請求、再審査請求を行いましたが、いずれも棄却され、ついに争いは行政から司法の場に移り、それでも請求が認められなかったのが、この事件なのです。

実際にはさまざまな論点が組み合わさっている事件なのですが、労災保険法に基づく請求が認められなかった理由はつまるところ、

Aさんは家事使用人であるため、労働基準法(労基法)第116条の適用除外の対象となり、労働者と認められないため、労災保険法も適用されない

というものです。


労働基準法第116条は、社会保険労務士試験の受験勉強では当然知っておかなければならない条文ですが、実務ではほぼお目にかかることはありません。
家政婦は同条第2項の「家事使用人」に該当するとされたのです。

(適用除外)
第116条 
(略)
2 この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない。

家事使用人とは、家事一般に使用される者のことをいいます(昭和62年3月14日 基発第150条)。

繰り返しになりますが、家事使用人は労働法の世界において、あまりにもマイナーな存在です。
「労働法のバイブル」と称されている菅野和夫先生の「労働法(第十二版)」においても、1200ページ以上ある分厚さの中で、家事使用人に関する記載はわずか3分の1ページ未満しかありません。

ですが、マイナーな論点ではあっても、Aさんの事件を知れば、きっと多くの方が思うことでしょう。


え?なんで誰かに雇われて働いている家政婦さんが労基法や労災保険法で保護されないの?おかしくない?

労働基準法が制定された当時はそれなりの事情があったのかもしれませんが、現代において家政婦が労基法などの保護を受けないのは、「法の下の平等」について定めた憲法14条や、勤労の権利などについて定めた憲法27条に違反するとすら思います。
事実、1993年には労働大臣の諮問機関である労働基準法研究会が家事使用人の適用除外を廃止するように提言しています。
厚生労働大臣でなく、労働大臣の時代です。
なんと30年間もこの問題はほったらかしにされているのです。

昨年10月、ようやく厚生労働省が家事使用人に関する実態調査に乗り出し、本年8月1日には労働政策審議会の労働条件分科会で報告が行われるそうですが、法改正までにはまだまだ時間がかかりそうです。


と、濱口先生の新刊を読んでいて怒りがガンガン込み上げてきたのですが、濱口先生はそんな私をあっけに取らせる展開を見せてくれました。


そもそも家政婦は家事使用人ではなかった!


え?え?えええええ?


ここから先はぜひ濱口先生のご本をお読みいただきたいです。
きっと、濱口先生の調査にかける熱意に圧倒されることでしょう。


家政婦の歴史』のタイトル通り、「歴史」が満載の一冊です。
文中で紹介されている「女中による放火事件」は労働基準法制定前の戦前の事件ですが、日に日に追い込まれて犯行に至った女中の姿は身につまされるものがあります。
戦後の1955年の大阪で、休日なしで働かされ、同じく追い込まれた労働者が店主を殺害した事件があったことを思い出しました。労働の歴史の陰に事件ありですね。さらに実際の事件だけでなく、文学作品の中の女中の姿まで紹介されている徹底さには頭が下がります。


濱口先生は「はじめに」で、市原悦子さん演じるドラマ『家政婦は見た』から話を始めて、「あとがき」で見事に話を閉じられています。
2時間ドラマを鑑賞するよりは時間がかかると思いますが、人事労務関係の多くの方々に本書を手に取っていただいて、夏休み期間などにじっくりと『家政婦の歴史』の世界に入り込んでもらいたいと思います。


それでは次のnoteでお会いしましょう。

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