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雇用契約(労働契約)関係の採用時に交付・提出してもらう書面について

<こんにちは>

こんにちは。社会保険労務士法人シグナル 代表 有馬美帆(@sharoushisignal)です。

以前、Twitterにこのように投稿しました。

​今回は、「口約束でも約束は約束」の日本において「言った言わない」の争いを防ぐためには書面が重要という話をします。
「そんな基本的なことは言われなくても分かっている」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。​

しかし、 社会保険労務士として多くの企業をサポートする中で、従業員の採用後に 実際に「言った言わない」の争いになってしまったケースを数多く見てきました。

なぜ書面を準備しなかったのですか、書面に書かなかったのですかとお尋ねすると、ほとんどの人事労務担当者の方は「面接で話した感じだと大丈夫だと思ったので書面を準備しませんでした」「面接で話した感じだと大丈夫だと思ったので書面に〇〇について書きませんでした」と言われます。

人は、自分が関わる相手のことを「良い人だ」と思いたい生き物(大丈夫だと思いがちな無意識の傾向を「正常性バイアス」というそうです)ですが、ぜひ将来のトラブルを防ぐためにも、採用時には必ず書面を作成してください。
それでは、一つずつ表とともに説明していきます。

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<内定通知書>

従業員採用に関する、面接から入社までの各段階に必要なフォーマットと交付・提出時期については、以前のnoteでも詳しく説明しています。ここでも再度説明します。

「内定通知書」はご存知の通り、採用側が応募者に対して、選考の結果、採用内定に至ったことを伝えるものです。
法令で交付が義務付けられているわけではないため、口頭で内定通知をすることは可能です。

しかし、応募者に書面で内定通知することはもはや常識ともいえますし、口頭のみの伝達では、応募者は本当に採用してもらえるかの確信が持てず、その不安が場合によっては不信につながり、他社に就職を決めてしまう可能性が高まる危険性があります。

念のためお伝えしておきますと、内定通知書以外に「採用通知書」というものもあります。両者の違いが問題になるところですが、「内定通知」は労働契約(「始期付解約権留保付労働契約」大日本印刷事件 最二小判昭54.7.20)の成立という効果がありますが、「採用通知」は単に採用試験に合格しただけの通知で、労働契約を結ぶか否かは別問題という違いがあります。

その区別をするのは面倒なので、「採用内定通知書」というタイトルにして交付する企業も多く存在しますが、いずれにせよ「内定通知」を出すということは、企業からするとその取消(内定取消)が「解雇」の一種になってしまいますので、十分にお気をつけください。

さらに、皆さんのお手元にある内定通知書(のテンプレート)をご確認いただきたいのですが、有効期限を記載する欄はありますか。
有効期限の記入がないと、内定通知書を出した後に応募者が音信不通になったにもかかわらず、数か月後に連絡が来て、内定通知書に基づいて雇ってほしいと言われるといったトラブルが生じることもあります。


<内定承諾書>


内定承諾書は、応募者が内定通知書を受け取り、その企業に入社することを承諾する旨を記載した書面です。「内定承諾」についても、書面ではなく口頭承諾でも可能となっています。

しかし、先ほど、内定通知書を交付しないと応募者に不安を与えてしまうリスクがあるとお伝えしましたが、採用側としても、内定者が本当に入社してくれるかという不安があるため、書面でその意思をはっきり確認したいところでしょう(それでも、内定辞退をされてしまうリスクは残るのですが…)。


お伝えした通り、「内定通知」は労働契約(「始期付解約権留保付労働契約」)の成立という大変重要な効果があるにも関わらず、内定承諾が口頭のみでは、労働契約が成立していることの客観的証明が困難といえます。
きちんと書面で内定承諾書をもらう場合には、内定通知書に有効期間を記載していますので、その有効期間内に内定承諾書を提出してもらわなくてはいけません。

場合によっては、「家族に相談したい」「もう1社の面接結果を待ちたい」等の理由から、内定通知書に記載した有効期間を延長してほしいと申し出てくる応募者もいます。そのときにいつまで待つかは企業次第です。


ただし、その際も必ず「◯月◯日まで」というように期間を明確に設定した書面を交付してください。「ご家族と相談後にご連絡ください」のみの曖昧なやり取りをしてしまったばかりに、内定通知書の延長期間に関してトラブルに発展してしまうことがあります。


<雇用契約書>


「雇用契約」が「口頭」のみで成立するかどうかは、民法第623条(雇用契約)には「約し」「約する」とあり、労働契約法第6条(労働契約の成立)には「合意する」とあるように、雇用契約(労働契約)は口頭合意(口約束)だけでも成立する契約(諾成契約)です。

しかし、「雇用契約」という大事な契約において、口約束だけで書面を交わさないということは、労使トラブル時に労働条件に関する客観的証明が困難になります。

そのため、労使トラブル対策の観点からは採用時に雇用契約書の作成が必須といっても過言ではありません。雇用契約書は会社(使用者)が各種の指揮命令をできる場合や解雇できる場合などについて明記することで、後日の紛争予防や紛争解決に力を発揮できるという、会社にとって大きなメリットがあるからです。

法律でも「労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする」(労働契約法第4条2項)と定められています。コンプライアンスの面からも、雇用契約書をぜひ作成してくださいね。



<労働条件通知書>

お伝えした通り、雇用契約(労働契約)が口約束だけでも成立する契約であるため、労働基準法では、会社(使用者)に労働条件通知書の発行を義務付けることで、従業員(労働者)が契約の内容を確認できるように最低限の保護をしています。

従業員(労働者)を最低限保護するという観点から、労働条件通知書には絶対に明示しなければいけない項目や会社としてルールを作った場合は明示しなければいけない項目が決められています。
以下の厚生労働省「労働基準法の基礎知識」から抜粋した表をご覧ください。

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稀に、「必ず明示しなければならないこと」の項目が抜け落ちたフォーマットを使用している会社があります。元々のフォーマットにはその項目を設けられていたのに、担当者が変わっていく内に項目が消えてしまうときもありますので、ぜひこの機会に再度ご確認ください。


注意していただきたいのは、労働条件通知書は「契約書」ではないということです。あくまで、会社が「通知」するだけのものですから、採用された従業員(労働者)に、「自分はそれに署名したり押印したりしていない!」と言われてしまうと、困ったことになりかねません。そこで、「雇用契約書兼労働条件通知書」というように、両者の意味を併せ持たせた書面を作成し、採用する側・される側双方の署名や押印をする方式を取ることが多く行われています。


雇用契約書や労働条件通知書、あるいは雇用契約書兼労働条件通知書については、ぜひ社会保険労務士によるチェックを受けられることをおすすめします。会社としては十分だと思っている記載内容も、労使トラブル対応経験が豊富な社会保険労務士の目からすると、あいまいなものであったりリスクを抱えたものであったりする場合があるからです。


労働条件通知書の方は法律に定められた最低限の内容を守っていればそれで良い面があります。しかし、雇用契約書の方は検討し出すと、後日にトラブルが発生することを回避するために、「あれも入れたいこれも入れたい」という気持ちになってしまいますよね。ですが、過ぎたるは及ばざるがごとしで、盛り込み過ぎはかえって何が大切な事項かがわかりにくくなってしまいます。


大切なのは役割分担です。契約内容の細かい部分についてはあらかじめ就業規則を整備して、職場に周知しておくことで対応すべきです。合理的な内容が定められ、周知されている就業規則については、新たに採用された従業員についてもその内容が原則として労働契約の内容となる(労働契約法7条)からです。


採用にまつわる「言った言わない」のトラブルは、雇用契約書と就業規則に適切な役割分担をさせることで防ぎましょう。ぜひ、この役割分担についても社会保険労務士にご相談ください。
就業規則については、機会を改めてnoteで詳しくご紹介する予定ですので、お待ち下さい。

それでは、次のnoteでお会いしましょう。
いつかこのツイートの表とともに、noteをお届けします。


Twitter(@sharoushisignal)でも発信しています。
社会保険労務士法人シグナル問い合わせ先 info@sharoushisignal.com
※現在お問い合わせを多数頂いているため、ご要望に添えない場合がございますことを予めご了承ください。

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