国際自動車事件最高裁判決(3月30日)から考える残業代問題のポイント
こんにちは。
IPO支援(労務監査・労務DD・労務デューデリジェンス)、労使トラブル防止やハラスメント防止などのコンサルティング、就業規則や人事評価制度などの作成や改定、各種セミナー講師などを行っている東京恵比寿の社会保険労務士法人シグナル代表 特定社会保険労務士有馬美帆(@sharoushisignal)です。
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大手タクシー会社(国際自動車)の残業代(時間外労働等に対する割増賃金)問題について、3月30日に最高裁判決が出ました!
このタクシー会社のかつての賃金体系では、タクシーのドライバーに対して基本給や残業代に加えて、売上高に応じた歩合給が支給されていました。
それだけなら問題はなさそうですが、この歩合給を計算する際に、売上から算出された金額から残業代に相当する額と交通費が差し引かれる制度になっていたのです。
この制度の詳しい仕組みについて説明することは控えますが、これを不服としたドライバーの方々が原告となって、会社を被告として訴えた事件なのです。原告側は、いくら働いても「実質残業代ゼロ」となる制度はおかしいというのが訴えた理由だそうです。
ところがこの裁判、高裁では制度が適法だとされたのです。
その理由は「契約自由の原則」や「労使の合意」が主なものでした。どのような制度であろうと残業代が法律の定め通りに支払われていて、組織率95%の労働組合との合意の上で導入されたものあるから法的には問題はない、ということでした。
ですが、この判決を見て、「本当にそう言い切れるのかなあ?」と思っていました。
残業代支払については、労働基準法37条の定めに従う必要があります(条文については、このnoteの最後に載せておきますね)。
労働基準法37条について、これまで最高裁判所が出してきた判決(判例)からすると、このタクシー会社の賃金体系は問題があるのではないかと感じていたからです。
そして迎えた一昨日の判決で、最高裁はこの制度を「労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものと言わざるを得ない」として、「割増賃金が支払われたということはできない」という判決を下したのです。
会社側の主張が認められなかったのです。
やはり、という感想でしたが、なぜ、会社側の主張は認められなかったのでしょうか?
それを理解しようというのが、今回のnoteの目的です。
今回の最高裁判決は、これまでの残業代問題に関する判例の総まとめ的な性格があります。判決文中に登場した最高裁判例として、
以上のものがあります。
そして、今回の最高裁判決では、
と判示されました。
これらの内容をざっくり整理すると、以下のようにまとめられます。
会社が労働者に労働基準法37条等が定める残業代(時間外労働等に対する割増賃金)を支払ったといえるかどうかを判断するには、
ア まず、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条などに定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないかをチェックします。
イ 次に、アのチェックをするためには、労働契約の定めにおいて①「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と②「割増賃金に当たる部分」とを判別できる必要があります(これを「明確区分性」とよんでいます)。
ウ そして、イの判別ができるというためには、②の部分について「時間外労働等に対する割増賃金」といえるだけの根拠が必要となります。その根拠があるかどうかについては、契約書の記載内容のほか、諸般の事情を考慮して判断されます。
エ ウの判断は、手当の名称や算定方法だけでなく、労働基準法37条の趣旨を踏まえた上で、その手当が賃金体系全体の中でどういう位置づけにあるかについても留意して行われる必要があります。
以上のア~エを踏まえて、今後残業代について制度設計をしたり、既存の残業代制度を見直したりする際には、
A 通常の賃金と明確に区分できる手当となっているか
B 手当について会社は従業員に対して説明をしているか
C その手当の額は残業をした従業員への正当な補償となっているか(=労働基準法37条等に定められた額を下回っていないか)
D その手当は会社が時間外労働を抑制しようとする方向に機能しているか
E 手当が実際の勤務状況と乖離したものになっていないか
という5つの点につき慎重にチェックする必要があります。
特に、Cについて万が一法律に定められた額を下回っているような場合は、すぐに対応し、未払の額があれば精算する必要があります(これが、「未払残業代」という問題の中の1つです)。
いわゆる「固定残業代(定額残業代)」という制度が問題視されることが多いのも、DやFの点に反したものになりがちなことに加えて、あらかじめ決められた残業代以上に働いているのに、その差額について精算がなされていないことが往々にして見受けられるというCの問題があるからです。
これらのポイントについて、「大丈夫かな?」とご不安な経営者やHR担当者の方々は、ぜひ専門家である社会保険労務士のチェックを受けられることをおすすめします。
弊所でも、正しい制度設計と運用のためのアドバイスを提供しております。特に固定残業代については、ぜひ一度しっかりとした見直しを行ってみてほしいところです。
最後になりましたが、最高裁が今回の判決でタクシー会社の主張を認めなかった大きな理由は、
「割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる」
というもので、前述のA、つまり明確区分性を満たさないというものでした。
最高裁は、タクシー会社の賃金制度を「労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない」と断じています。
この「本質」を満たしているか否かは、タクシー会社だけでなく、従業員に時間外労働をしてもらっている全ての企業にとっての課題です。
タクシー会社としては、業界を取り巻く事情を背景に、いわば苦肉の策として導入した賃金体系であったともいわれていますが、細かい法律論を抜きにしても、「実質残業代ゼロ」と言われてしまうような賃金体系では、働く方々から真の信頼と納得を得ることはさすがに難しいでしょう。
今回の判決については、今後さまざまな検討がなされていくと思われますが、新型コロナウイルス感染症問題への対応に忙殺され、後回しにされかねない「働き方改革」についても、しっかりと目を配っていく必要があると再認識させられた面もあると思います。
それでは、次のnoteでお会いしましょう。
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