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Dr.本田徹のひとりごと(33)2010.5.10

2本のスペイン映画に学ぶバイオエシックス
― ほろびに向かう<いのち>のいとおしさとよみがえり 

1.<いのち>を見つめる二つのスペイン映画 

 最近2本のスペイン映画をじっくりと比較鑑賞する機会がありました。
奇(く)しくも、両方の映画とも、<いのち>のはかなさ、うつろい、ほろび、よみがえり、それゆえのかけがえのなさ、いとおしさを、尊厳死や安楽死といった非常に今日的で、重い、バイオエシックスのテーマに即しつつ、スペイン人特有の豊穣で詩的喚起力に満ちたイメージを駆使して描き切るという、驚くべき共通性を持っていました。

 2つの映画のタイトルは、まず2002年公開の「トークトゥハー:Talk to Her」(原題:Hable con Ella、監督:ペドロ・アルモドバル)、もう一本は、2004年公開の「海を飛ぶ夢」(原題:Mar Adentro、監督:アレハンドロ・アメナーバル)です。

 なぜこの2本の映画に愛着するようになったかというと、きっかけは私のおかした記憶違い・混同でした。
2007年9月、世界保健紀行の途次に書いた、「ひとりごと」(23)「君の名はプロヒモ(PROJIMO)-メキシコの地域リハビリテーション(CBR)と今日の課題」と題する回で、私は大嘘をついてしまったのです。あの文章の一節で私は、ロサさんという、プロジェクト・プロヒモの大母さん(グランマ)から手ほどきをうけた、「ククルクク・パローマ」の歌に触れました。

 最愛の恋人を失った男性が食を絶ち、焦がれ死に、彼の魂魄は一羽の鳩に憑依(ひょうい)し、彼女の家の軒先を毎朝訪ねてはククルククと鳴き続ける。・・・  
 2005年頃、どこかの劇場で観たスペイン映画の中でこの歌が歌われているのを聞き(歌い手はブラジル人の男性アーティストCaetano Velosoでした)、肺腑(はいふ)を絞られるような感動を与えられましたが、歌が実際に出てくる場面は、上記の映画のうち「海を飛ぶ夢」の中とばかり私は記憶していたのでした。
 この文章自体、メキシコ旅行中に書きとめたもので、いい加減な記憶に頼り、確認作業を怠ったため、誤った情報を皆さんに伝えてしまっていたことを、この場でお詫びしたいと思います。もっと早く訂正をしたかったのですが、どうせお詫びかたがた訂正するのなら、2つの映画のすぐれた達成が、どのように今日の世界的な<いのち>をめぐる課題と向き合い、響き合っており、私たちがそこから何を学ぶことが可能なのか、すこし考えてみたいと思ったのです。

<いのち>の移ろいとよみがえりの美しい象徴- 琵琶湖の桜 (2010年4月初旬)

2.映画「トークトゥハー」における二組の男女の愛の消滅と転生

 この映画では、二組の男女の、いわば遂げられなかった愛と転生が描かれています。冒頭、二人の女性による無言劇があり、これが、映画にとっての重要な枕詞、「人間の根源的な悲しみ」の象徴になっていきます。
 母親の介護に明け暮れ、ほとんど引きこもり青年として15年を過ごした看護師のベニグノとバレリーナのアリシアとの出会い。彼による彼女への、一方的な愛の目覚めでした。ある雨の日アリシアは交通事故に遭い、昏睡状態に陥ってしまいます。呼吸や痰の吸引のための気管切開をされ、栄養のための胃ろうチューブまでおなかに付けられ、彼女は24時間の介護を受けつつ医療施設で過ごしています。
彼女の看護や介護を中心になって担当しているのがベニグノ看護師。事故の前、彼は自分のアパートから見下ろせるバレエの教室で踊るアリシアの姿に一瞬で懸想(けそう)し、彼女に近づくため、精神科医の父親が開くクリニックに患者として訪れます。医師はベニグノとの面接の結果、彼が非常に特殊な生育環境のもと母親への偏愛をはぐくんできたが、病的とまでは言えないと分析したようです。父親は、愛娘アリシアの受傷後、彼女の看護・介護をこの青年に託すことになります。ベニグノは、その後4年間にわたり、眠り続けるアリシアのケアに献身し、この仕事が彼の生きる目的そのものとなっていきます。

 もう一組の男女とは、女闘牛士リディアと旅行案内記作家のマルコです。スペインでも稀な存在である女性闘牛士に関心を持ち、彼女に取材を申し込み、知り合う過程で二人は恋に落ちるのですが、リディアにはもう一人付き合っていた男性がいて、その彼との関係を清算できないまま悩んでいました。ある日、彼女は闘牛場での試合開始直後、牛の突進をかわそうともせず、直撃を全身で受け止め、ずたずたに突き刺され、意識不明の重態に陥ります。ここからは私の想像ですが、リディアは、試合の前にマルコに別かれ話を切り出そうとしてできず、試合の後で話があると言い残して、闘牛場に入っていきました。彼女は二人の男に誠を立てることの不可能性に悩んだ末、牛に刺し貫かれる、壮絶な自死を選ぶことで、問題の完全な解決を図ったのかも知れません。

 瀕死のリディアが運び込まれたのは、奇しくも、アリシアと同じ病院でした。そして、彼女もまた、アリシア同様、昏睡のまま、気管切開術を施され、胃ろうのチューブにつながれることになります。こうして、ベニグノとマルコは、恋する女(ひと)を悲劇的な事故のため、昏睡状態にさせられるという境遇を共有する中で、互いへの友情と信頼を深めていきます。ちなみに、この映画の冒頭の無言劇の観客として、二人は席を隣り合っていたのです。

 この映画では劇中劇や先ほどのククルククの歌が、暗示や象徴として、また、登場人物の行動を大きく変える転換点として、巧みに使われています。映画の中ほどで、「縮みゆく恋人」というサイレント映画が劇中劇として挿入され、ベニグノがそれを観に行きます。この「映画中映画」の粗筋はこうです。ある女性化学者とその恋人がいて、彼女は研究室で人間の身体を縮小させてしまうことのできる薬を発明します。その場に居合わせた恋人は、伊達者の見栄からか、女の愛を試すためか、新薬を呷(あお)ってしまいます。女性は必死になって、今度は身体を大きくする薬を開発するよう努力するが成功しない。すこしずつ縮んでしまった男は、女に迷惑をかけまいと母親のもとに帰っていきます。女化学者は良心の呵責(かしゃく)というか、男への愛に目覚めた結果からか、母親のもとから一寸法師になってしまった彼を引き取り、カバンに入れて自宅に連れ帰る。そしてこの後、一寸法師の恋人は女性に対して、究極の愛の行為をおこなって、自らの存在を消滅させていくのですが、それは皆さんが実際にごらんになっていただければと思います。いずれにしても、この「縮みゆく恋人」を観たため、ベニグノは著しく心を乱されます。いつもそうするように、彼はこの映画のことを、アリシアがすべて理解しているかのように、ゆっくりとやさしく説明していきます。
 
 それから2ヶ月後ほど経って、なんとアリシアが妊娠していることが判明します。調査が行われ、最終的にベニグノがレイプしたということになり、彼は牢屋に入れられます。一方マルコは、恋敵にリディアを譲って、旅に出るのですが、彼女はやがて亡くなります。

 ベニグノはと言うと、マルコとの再会を心待ちにし、旅から帰り刑務所に訪ねてくれた彼に、自らのアパートを譲ります。そのアパートに入居したある日、マルコがベニグノと同じように、何気なくアパートの窓からバレエの教室を見下ろしていたとき、彼の目は釘付けになります。なんと、元気なアリシアがそこにいるではありませんか。実は彼女は昏睡状態のまま死産をするのですが、これをきっかけに長い眠りから奇跡的に目覚め、健康を取り戻したのです。アリシアの覚醒という驚くべきニュースを、ベニグノに伝えようとして、マルコは弁護士に止められ、赤ん坊が死産だったことだけを伝え、アリシアは無事だ、と言葉すくなに囚(とら)われのベニグノに話します。その後、アリシアが事故に遭ったのと同じ雨の日を選ぶように、ベニグノは多量の睡眠薬を服用して、刑務所内で自殺します。アリシアに仕えることのできない生に絶望したからだとマルコに遺書を残して。「泣き男」マルコはここでも涙しますが、それは友を失ったための涙なのか、アリシアが恢復(かいふく)した事実を隠してしまった不実を、亡き友に申し訳なく思ってこぼした涙なのかは、量り知ることができません。

 さて、「トークトゥハー」は、モダン・バレーの劇場で、アリシアとマルコが再会し、言葉を交わすという暗示深い場面で終わっています。いったいこの二人はこれから先どうなっていくのでしょうか? 甦(よみがえ)ったアリシアの魅力的な微笑みを見て、私はなんとなく、古代エジプト神話の女神イシスや、「ユトク伝」に出てくる豊饒(ほうじょう)と転生の女性イトマのことを思い浮かべずにはおられませんでした。ベニグノは4年間愛情と丹精をこめて「眠り姫」アリシアのお世話をしました。そして法的には重大な犯罪をおかしたとしても、彼女の体内に自らの<いのち>の種を植え付けたことで、最愛の女(ひと)の再生を促し、最後には自身が「縮む男」となることで、マルコとアリシアの新たな愛の誕生を用意して、永遠に去ったとも言えるのでしょう。

「日本の四季」 岩渕扶美子氏創作のキルト

3.ラモン叔父、もしくは「海を飛ぶ夢」を見た男の<いのち>と、甥の悲しみ 

 2004年に公開された「海を飛ぶ夢」は、スペイン北西部ガリシア地方の海沿いの、静かな農村に生きた男の物語です。主人公ラモン・サンペドロは25歳という青春時代の真っ盛りに、岩場から引き潮の海に飛び込んで誤って頚髄(けいずい)損傷を負い、首から下の身体の自由を完全に失います。その後彼は、農家を営む父、兄夫婦一家の世話になりながら丸27年間生き続けます。これは実際にあった話で、1996年に主人公が発表した手記に基づいて、アレハンドロ・アメナーバル監督がハビエル・バルデムという、笑顔のすてきな男優の主演で映画化したものです。

 「トークトゥハー」の主人公マルコ役のダリオ・グランディネッティは、逆に涕泗滂沱(ていしぼうだ)たる涙顔の素敵な俳優でした。二人の男優は、それぞれの映画のモチーフを象徴するような、好対照の容貌と表情を求められたのかもしれません。ラモンの事件は、当時スペインにおける大きな安楽死論争を引き起こすきっかけになったと聞きます。彼は口に鉛筆をくわえて20数年間すぐれた詩を書き続けていきます。しかし、いつしかラモンは、家族や他人に頼ってしか生きることのできない自らの<いのち>を終わりにさせたいと、真剣に希求するようになります。彼は人権団体の支援を求め、ジェネという女性運動家、さらには彼女を通じてフリアという美しい女性弁護士とも知り合うようになります。フリアはラモンの詩に強い感動を覚え、二人はいつしか惹(ひ)かれ合うようになります。
 しかし、彼女は血管性認知症Vascular Dementiaに冒(おか)されていて、ある日ラモンの家で倒れてしまいます。フリアの病気の重さを知るにつけ、彼女への愛を募(つの)らせていくラモン。夢の中で彼は身体の自由を完全に取り戻したばかりか、空を飛翔(ひしょう)する力まで獲得し、ガリシアの美しい、緑したたる大地を飛び、浜辺を散策するフリアのもとへ降り立ち、彼女と熱い抱擁(ほうよう)を交わします。しかし、現実の世界に戻れば、手の指一本すら動かせない自分がいて、フリアへの愛の不可能性を静かに悲しむ以外ないのです。こうした自覚もまた、彼の中に自裁(じさい)への希(ねが)いを高めたのかもしれません。

 この映画で私が一番感動したのは、四半世紀以上にわたり、寝たきりになっていた彼を静かに、温かく支え続ける、農民としての家族の姿です。引退し、やさしくなった父。家長としての誇り高が強く、寡黙(かもく)な働き者で、ラモンと日常接することはあまりないが、ほんとうは深く思いやっている兄ホセ。そして兄の嫁で家内の仕事を一手に引き受けながら、日々しっかりとラモンの介護にも献身する妻マヌエラ。最後に、叔父さんであるラモンに、ときにはわがままを言いながら、深くなついている甥子(おいご)ハビエル。とは言え、小さなこの家族の中にも、今日のスペインの、<いのち>をめぐる困難な社会的論争の反響が見られるのです。生きることは、いったい権利なのか、義務なのか? 権利とすれば、不治の病のため苦痛ばかりが大きくなってしまった自らの<いのち>を、よくよく考えた上で、生きるに値しないものとして放棄しようと決心したとき、そうした「権利」は尊重されるべきなのか。この考え方を肯定する、無神論者のラモンに対し、ホセはいわばプロライフ(Pro-life)派のカソリック信徒であり、<いのち>は神から与えられたもの、自らの判断でそれを絶とうとする安楽死の考え方は間違っているとする立場にたつのでしょう。

 ラモンの憲法裁判所にたいする合法的な安楽死請願の訴えは、審理の場で彼自身が発言することさえ許されないまま、却下されてしまいます。カソリックの国スペインでは、彼の安楽死の企図を幇助(ほうじょ)することも犯罪となります。ラモンの詩集の編集や出版に奔走してくれたフリアは、この本が完成した暁には、互いに不治の病に冒され、信頼を寄せ合ってきた同志または愛人として、一緒に死ぬ約束もしてくれますが、フリアの心身の病状悪化とともに、その計画も頓挫(とんざ)してしまいます。一方、ジェネは新しい<いのち>を体内に宿しており、見舞いに訪れたラモンの家で、彼に臨月のおなかを触らせて胎児の鼓動を伝え、ラモンを慰めます。新しい<いのち>を産み出そうとするジェネと、安らかな死への道を模索するラモンとの対照は、鮮やかだが、非常に複雑な思いを観客の心に掻き立てます。

 ラモンの安楽死請願はマスメディアでも大きく取り上げられ、テレビのインタビューに応じた、自身障害者でもある高名なフランシスコ神父は、家族の愛情が足りないから、ラモンは死にたいなど言い出すのだ、と心無い発言をし、兄夫婦の気持ちを深く傷つけます。そんな中、彼に興味をもって近づいてきたロサという、離婚し一人で子育てをしている女性が、彼の自殺を幇助する役割を負うことになります。ある晴れた日、いよいよラモンは、死出の旅に立つため、家族に別れを告げ、寝台車に収容されます。坂道を走り去っていく彼の車を必死で追いかける甥のハビ。この場面には、疾走する子どもの体全体から悲しみがあふれていて、私自身、ほとほと泣き男になってしまいました。
 
 ロサが彼の名義とお金で借りてくれた、美しい夕陽の海を望める部屋で、彼は複数の支援者の分担協力を得て、しかし彼らが犯罪人とならないように配慮しつつ、用意された青酸カリ溶液をストローで吸い込み、目的を遂げます。
映画の中でラモンが発言し、箴言(しんげん)のように残した以下の詩句は、海の寄せる波のように私の耳朶(じだ)に長く、重く残りました。

「ぼくには生き続ける決断をした人を裁く気はまったくないが、死のうと決断したぼくのことも裁かないでほしい」
「人に頼ってしか生きられない者は、微笑むことで泣けるようにもなってくるのだ」
「海はぼくに<いのち>を与え、ぼくから<いのち>を奪った」
「依存とは、プライバシーを放棄することだ」
この映画は、カソリックの文化や伝統がなお強い影響力を持つスペイン社会の中で、規範に囚われず、みずからの<いのち>を尊厳あるものとして、真摯(しんし)に生き、死のうとした、穏やかでつつましい男の物語です。賛成反対は別として、一人ひとりの観る者の胸に、深くスピリチュアルな問いを投げかける力をもった作品だと信じます。皆さんにも、よろしければ二つの作品を観比べ、感じ、考えていただくことをお勧めしたいと思います。

山谷の路傍に咲く紫陽花


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