見出し画像

東北タイ再訪とアジアの高齢化、そしてSDGsを考える - アジア・太平洋公衆衛生会議(PHA2018)、HSFの仲間たち 《Dr.本田徹のひとりごと(72)2018.8.31》

アルマ・アタ宣言40周年 ウボンでの講演「すべてがプライマリ・ヘルス・ケアから始まった」

1. アジア・太平洋公衆衛生国際会議に招かれる

去年の5月、デビッド・ワーナーさんや、工藤芙美子さん、広本充恵さん、そしてHSF(シェアから独立した、タイの財団Health SHARE Foundation)の仲間たちと一緒に、東北タイ(イサン)のウボン市やケマラート郡を講演やワークショップで回ってから、いつの間にか1年以上が経ちました。今回は8月16-17日、ウボン市で開かれたアジアの高齢化問題を考える国際会議でお話する機会を与えられ、タイ訪問は27年ぶりとなる連れ合いを伴って訪ねました。この会議は、Rajabhat大学公衆衛生学部とウボン県保健局の共催で開かれました。

 アジアの高齢化は、急速なスピードで進行しています。家族計画などの政策や人びと自身の価値観の変化などがあいまって、タイやベトナムでは、いま、日本を上回る速度で、(A) 高齢化社会(65歳以上の人の全人口に占める割合が7%以上)から、(B) 高齢社会(同割合が14%以上)への歩みをたどっています。日本はすでに、(C) 超高齢社会(同割合が21%以上)に突入しています。日本は、欧米諸国に比べると、(A) から(B) への移行に24年という早いペースで到達したのに、ベトナムは19年、タイは22年と、日本をさらに上回る速度で到達する見込みということです。タブーのない家族計画の成功で、一家に一人ないし二人の子どもという世帯構造の縮小がもたらされました。しかし、コインの裏側として、この成功は、日本に次いで、中国、ベトナム、タイなどの国々で急速な社会の高齢化を促し、対策が一層急がれるようになっているわけです。

高齢社会への歩み(ESCAP:AGEING IN ASIA AND THE PACIFIC Overview 2017)より

 私は、今につながる20世紀以来の人類共通の取り組みが、「すべてアルマ・アタから始まった」(Everything started in Alma-Ata)と講演冒頭で述べましたが、その考え方は聴衆の方々にも共有されたように思いました。日本の経験の中で、アジアの国々にとって参考となるかもしれない、佐久や山谷での取り組みなどを紹介しつつ、一方で、タイにおける郡レベルの保健システムを活用した、PHCに基づく包括的な地域ケアの仕組み(縦割りでなく、高齢者も障害者も子どもも、可能な範囲で一体化したケアのあり方)から、日本が学ぶべきことの多いことも指摘させていただきました。

私が驚いたのは、ウボン県保健局の前局長で、シェアから独立した現地財団HSF(Health SHARE Foundation)の理事長も務める Jinnpipat 医師の発表が、ほとんど、7月23日に起きたラオスのダム決壊事故への救援活動報告一色だったことです。この事故とは、Attapeu県に建設中の水力発電所ダム(セピアン-セナムノイ発電所)が、折からの豪雨と工事の不良で、決壊事故を起こしたというものです。アタプー県とウボン県が姉妹都市関係を結んでいることもあり、発災と同時にウボン県は全力を挙げて救援に向かいました。そのこと自体は素晴らしいことではあったのですが、このダムの建設には、タイの電力会社も資本や工事の面で深く関与していました。事故をきっかけに、国境を越えた電力事業の利益ばかりを考えて、現地の人々のいのちや生活、生態系を犠牲にして顧みない開発のあり方に、タイの市民社会では深刻な危機感や反省が生まれています。アジアの「パワーハウス」を目指していたラオス政府は、いったんすべての水力発電所建設計画を棚上げにし、見直すことを、表明しています。

引用:バンコック英字紙Nation:“Don’t make dam business solely about profits, say (Environmental)advocates”( Aug. 18-19, 2018)

高齢化問題を話し合うタイの国際会議で、隣国ラオスのダムの決壊事故が一大トピックになったこと自体、医療・教育・貧困などの社会問題と、地球環境・生態系の課題とが、いまや地続きになったというSDGsの基本認識が、改めて人びとの胸に落ちたのです。

ケマラート郡病院に新設された訓練センターの前でほほ笑むチェリーさんとトムさん

2. ケマラート郡でHSFの活動を見る

・ケマラート郡病院内の保健訓練センター
ケマラート郡で私たちが最初に向かったのは、郡病院の構内にできた新しい、保健活動訓練センターでした。これは、日本大使館の「草の根・人間の安全保障無償資金協力」を、ケマラート郡病院自体が申請し(HSFやシェアもお手伝いをしましたが)、今年7月ようやく建物の完成に漕ぎつけたものです。HIV陽性者やLGBTの人たち、また地域の保健ボランティアなどが幅広く利用できる、白壁の立派な訓練センターで、2階は80人くらいが一度にトレーニングを受けられる広い部屋で、1階はHSFの事務所などが入る予定となっています。本当は去年デビッドさんがいらしたときに、開所式を挙行できればということで、関係者が努力していたのですが、さまざまな事情で1年遅れとなってしまいました。

 HSFスタッフのチェリー代表もトムさんも、ほっとした様子でした。トレーニングの施設を探しまわる苦労が減るほか、今ある事務所をたたんで、ここに移転することで、事務所賃貸料が軽減することも、HSFにとっては大きな救いとなります。このセンターを活用しながら、ケマラート病院との連携・協力を深め、HSFが一層発展していくことを願わずにはいられませんでした。
 
・バディ・ホーム・ケア(Buddy Home Care)ワークショップ
 8月16日にケマラートで開かれた、ワークショップはとても楽しいと同時に、心温まるものでした。このワークショップは、主として、バディ・ホーム・ケアにかかわる、保健ボランティアや若者リーダーの人たちを対象に、いまタイの農村社会でも深刻化している問題 ― 親の出稼ぎによる子どものネグレクト、学校でのいじめ、不登校、スマホや薬物依存、世代間の乖離(かいり)と確執、テイーン・エィジャーの妊娠や性の問題、などをロール・プレイやグループ討論を通して話し合い、共感的な理解を深めていき、実際の家庭訪問活動でも生かしていくことを目標としています。

 なお、バディ・ホーム・ケアについては、「Dr本田のひとりごと(68) タイのプライマリ・ヘルス・ケアからの学び直しの旅 - 目からウロコのHSFによるバディ・ホーム・ケアの試み(2016-12-2)」をご参照ください。
http://blog.livedoor.jp/share_jp/archives/52749254.html

・雀の親子の巣を愛情深く守る故・プミポン国王
 ワークショップが開かれたのは、タンボン(Sub-district)の公民館のようなところでしたが、驚いたことに、雀が、故・プミポン前国王の写真の額の裏側と窓との狭い空間に上手に巣をかけていたのです。そして、子どもも大人もそのことに無頓着というか、そっと見守っているという感じなのです。ときどき、親雀が窓の枠の隙間から野外に、虫やみみずかなにかを捕りに行き、運んでくると、巣の中は、子どもスズメの黄色い鳴き声で騒然となります。なんと頬笑ましい光景でしょう。そしてそれをそっと、良い意味で知らん顔して放っておく、タイの人びとの寛容さと、生き物への愛情を感じないわけにはいきません。もっとも、国民の敬愛を一身に集めていた王さまの、写真の裏側に巣を作った雀の家族の賢さも、でかしたものだと思いますが。・・・

そこで、下手な句を一つ。

うるわしや 王の愛護と 雀の子

How Lovely it is!
King’s blissful protection
   for kid Sparrows

故プミポン国王に守られた雀の親子の巣

・ティーンの妊娠をめぐる参加型ロール・プレイ
 この日のトレーニングで私が一番感動し、考えさせられたのが、ティーンの妊娠をめぐるロール・プレイでした。最近のタイでも、11歳の女の子が母親になったというニュースが、人びとを驚かせていました。中学の高学年や高校生の妊娠は、東北部の農村でもそう珍しいことではなくなっているようです。妊娠の結果、家族も含め皆から責められ、孤立し、相談相手もなく、自殺に追い込まれたケースもあると聞きます。そこで、この深刻化する問題にどう地域で、取り組んでいくか、ということを、こうしたワークショップで皆がいっしょになって考える機会を作りたいと、チェリーさんたちは願ったのです。
ユース(若者)の女性リーダーが妊娠した女の子の役で真ん中に座ると、両親、兄弟姉妹、おじ、おば、祖父、祖母などの親族、そして、村の議員、村長、長老、福祉事務所の担当者、保健ボランティア、ヘルス・センターの看護師・医師、郡病院の産婦人科医、おまわりさん、学校の先生、同級生など、およそ彼女の生きる世界になんらかの関わりを持つ人の役柄に扮する参加者が20人以上、ぐるっと車座を組んで座ります。第一部 ‘Negative’ (否定的な場)では、彼女に対して、周りの人たちは一人ずつ、まずは告発するような、指弾するような言葉を、彼女に浴びせかけていきます。いわく、「家族の恥さらしだ」、「お姉ちゃんのせいで、私も学校に行くのが嫌になった」、「親のしつけが悪いからこんなことになるんだ」、「もう学校には来なくていいからね」、「子どもが生まれたら、すぐ孤児院に入れるからね」などなど。ステレオタイプ化されてはいるが、毒をもった言葉が次々と投げつけられると、妊娠した女の子役の女性自身の表情が、芝居だと分かっていても、だんだん張りつめていくのが、容易に見て取れます。そして、こうした非難や冷たい言葉を象徴するように、一人が発言すると、発言者が女の子の体に一本のビニールの紐を巻き付け、席に戻ります。全員が一言ずつ言っていくと、最後には体中を20本の縛(いまし)めの紐で結(ゆ)わかれた女性が、裁きの場に孤立無援で座っている形となります。

この張りつめた ‘Negative‘ の場は、’Positive’ (肯定的)の場に変換されます。
しばしあって、ファシリテータのニーナさんが、今度は、「皆さん、それぞれの立場でどういう言葉をかけてあげれば、彼女が救われるか、前向きな解決が図れるか、考えて、順に発言していってください」と切り出します。
すると、「赤ちゃんは家で皆で育てるから大丈夫」(おばあちゃん)とか、「妊婦検診にはきちんと来るんだよ」(産婦人科医)とか、「子どもが生まれて落ち着いたら、いつでも学校にもどっておいで」(学校の先生)などの温かい言葉が贈られ、その都度、紐は彼女の体から解かれていきます。最終的にすべての縛めから解放された女の子と、車座の人たちは向き合い、ニーナさんの司会のもと、それぞれの立場でこのロール・プレイからどんな思いや感想をもったか、実際にこうした状況に直面したら、どのようにふるまうだろうか、などをなごやかに話し合います。
ここで強調されているのは、一方的にだれかを責めても、建設的な問題解決には張らない、みんながよく話し合い、相手の立場を思いやって、コミュニティの課題を解決していく努力が必要なのだ、という学びをしていくわけです。

このロール・プレイを見学して、私は、HSFが、1990年代の工藤芙美子さん以来のPRA(参加型学習法)の根本にある、「共に学び、共に生きていく」という、ほんとうの保健教育の骨法を完全に自家薬籠中のものにしたな、と感嘆したことでした。
 デビッド・ワーナーさんにもこのことを報告すると、Buddy Home Careは本当に素晴らしい、ぜひ次の彼のNGO・HealthWrightsのニュースレター、 ”Letter from Sierra Madre” で紹介したいと言ってくれています。彼の記事を読むのがいまから楽しみです。

ロール・プレイ: ティーンの妊娠

 HSFは相変わらず、かつかつの財源で、苦労していますが、少数者や疎外された人たちに対する彼らのポジティブな働きは、SDGsの時代に地域に絶対必要とされるものだし、そのことをよく理解し、支援してくれる人たちの輪も、タイの国内外ですこしずつ広がっていることは、今回の短い訪問でも実感することができました。HSFの皆さんに大きな感謝と連帯の気持ちを伝えて、この回の「ひとりごと」を終わります。

 HSFは相変わらず、かつかつの財源で、苦労していますが、少数者や疎外された人たちに対する彼らのポジティブな働きは、SDGsの時代に地域に絶対必要とされるものだし、そのことをよく理解し、支援してくれる人たちの輪も、タイの国内外ですこしずつ広がっていることは、今回の短い訪問でも実感することができました。HSFの皆さんに大きな感謝と連帯の気持ちを伝えて、この回の「ひとりごと」を終わります。

本田 徹

(了 2018年8月31日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?