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Dr.本田徹のひとりごと(53)2014.9.22

山谷の地域包括ケア連携をめぐる経験と交流を本にまとめて -「人は必ず老いる その時誰がケアするのか」(角川学芸出版)


 日本の超高齢社会の行方は、現在進行中の問題であるとともに、21世紀全体にわたって、この国のありかたを最も強く深く規定していく、未来の問題でもあります。それは、<わたくし>や<あなた>や<お隣さん>といった、個人や家族のミクロの問題であるとともに、自治体や国全体に及ぶマクロの問題でもあります。さらには、日本がどう創造的、かつ基本的人権や人間の安全保障を損なわずに、この未曾有の超高齢社会をマネッジし、乗り越えていくかを、世界中が注視し、そこから学ぼうとしていると言う意味では、グローバルな影響やインパクトをもった<壮大な実験>とも言えます。

介護保険制度が正式に発足した2000年以前の東京都台東区荒川区にまたがる山谷の変遷から書き起こし、都市型の超高齢社会に、一足早く踏み出したこの地域に住み、働き、ケアを受ける、何人かの人びとの姿を通して、超高齢社会のあり方を探ろうとしたのが、今回の拙著のテーマであり、アプローチだったと言えます。本のタイトルとしては、やや怖いものになったかな、という反省もあるのですが、威嚇的な気持ちはさらさらなく、ただ、冷静に事態を知ろうという呼びかけの気持ちがありました。なにしろ、日々臨床に追われている一介の医者にも、町なかで起きている超高齢社会の怒涛のごときスピードと跫(あしおと)には、やはり切迫感を掻き立てられるものがありました。そして、団塊世代に属する私にとって、すでに目前に迫ってきたと言える「2025年問題」は、それこそ、当事者の問題と言えます。その意味では、’Nothing About Us Without Us’(私たちに関わることは、私たち抜きで決めないで)という、障害者自立運動のマニフェストは、認知症ケアから、がん治療に至るまでを貫く、重要な原則となったのです。 

山谷はある意味でミクロ・コスモスですので、現在流行(はやり)言葉になった感のある「地域包括ケア」が、そこでどう展開してきたかを報告しても、それほど普遍性を帯びているとは言えないかもしれません。しかも山谷型包括ケア連携は、オフィシャルな形で発足したというより、民間の有志が、いわば勝手連的に始めた運動でもあり、この先どのように発展していくのか、あるいはポシャってしまうのか、まだ心もとないところが、正直に言ってあります。ただ、長年NGO/NPOの活動者と町の病院の勤務医との<二足草鞋>を履いてきた、私の経験から二つ強調させていただきたいことがあります。まず、地域包括ケアでは、プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)が、もっとも重要な理論的・精神的拠り所となること。第二に、居住にせよ、生活支援にせよ、介護にせよ、地域看護にせよ、ケアマネジメントにせよ、当事者・患者さんを支える必須の役回りは、今後地域に存在する社会資源たるNPOsが、担わざるを得なくなっていくだろうという確信です。つまり、共助や互助の仕組みを強化し、住民・当事者参加型の地域包括ケア・システムを創っていくという方向性と社会的合意形成です。

人は必ず老いる。そのとき誰がケアするのか [単行本]
本田 徹
KADOKAWA/角川学芸出版
2014-09-23

この本の中にも、その他の機会にも書きましたが、私は60年前、「途上国ニッポン」の「回虫少年」でした。そのガキがいまや還暦を過ぎ、年寄仲間に入っていくとば口に立って、やはり感慨深いものがあります。しかも、青春時代を過ごしたチュニジアでの協力隊医師体験が、私にとって途上国医療・保健活動への通過儀礼であり、そこで、アルマ・アタ宣言という「PHCの洗礼」をも受けたのでした。小児のためのPHCが高齢者のPHCに円環していく運命と時代の変遷を、私自身の肉体で味わうことになるとは、まさか予想していなかったのです。その意味で、日本から途上国へ、そして再び日本へという螺旋(らせん)運動が、この本には息づいているかもしれません。そこにセンチメンタル・ジャーニィの、一人よがりがないことを祈るばかりです。


あとがきにも書きましたが、この本は、フリーランスのライター那智タケシさんと、角川学芸出版の我妻(あづま)かほりさんのお二人に格別大きなお蔭をこうむった上で、ようやく陽の目を見ることになりました。多忙な私に代わって、キー・インフォーマントにインタビュ-をしてくださり、その後の編集やテキストの確定にも協力していただいた、那智さんなしには、この本は作れなかったか、できたとしても、更に1年の時間を要したことでしょう。しかし、内容に関しては、もちろん全責任は私にあります。本書に登場してくださった方々お一人おひとりに心から感謝申し上げます。また、シェアや山谷で、微力な私にいつも温かい手を差し伸べてくれてきた仲間たちにも、篤く御礼を申し上げます。

この本は、田中正造の「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」から、哲学者・梅原猛さんの説く天台密教の「草木国土悉皆成仏」に至る、21世紀の真正な生命哲学やバイオエシックスに適うように執筆したつもりですが、及ばざるところ遠大なのをご寛容いただいた上で、皆さまにお読みいただければ幸いです。


2014年9月22日


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