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医者のいないとこで」とアルマ・アタ宣言40周年-SDGsを地域で支えるケアリング・コミュニティと共生社会 《Dr.本田徹のひとりごと(71)2018.8.3》


「医者のいないところで」表紙

医者のいないところで」2015年版

個人やNGO/NPOなどのグループにとって、決定的な影響を与えられる、または活動の準拠となるような導きを受ける本というのは、そんなに多くはないのでしょうが、私たちNGOシェアにとっては、この「医者のいないところで」(Where There Is No Doctor)は、設立以来35年にわたって、まさにそうした役割を果たしてくれた一冊でした。

この本の日本語訳は、もともと長野県南佐久郡南牧村に住む、すぐれた翻訳家・河田いこひさんが原訳を作ってくださっていたものを、2009年にシェアが、数多くの保健医療関係者などの協力をいただいて監修し、同年デビッド・ワーナーさんがシェアの招聘で来日される機会に刊行したものです。

佐久病院の医師で、私が長くおつきあいさせていただいている、畏友・色平哲郎医師が、河田さんに、「こんな面白い本がありますよ」と良い意味で「けしかけて」、翻訳を始めていただいた、といった裏話があったことを、最近私は色平さんから教えていただきました。当時の自治医大の医学生らも河田さんのお手伝いをしてくれたと、言うことです。

この本の英語の初版はたしか1977年といいますから、約40年前に出版され、世界中の保健ワーカーや、草の根の人々に愛読され、PHC活動の最良の手引書として活用されてきました。欧米では、家庭医学書としても、親しまれているということで、実際、最新の医学情報も分かりやすく載っています。

2009年デビッドが佐久を訪問した時の集合写真 
前列左から、河田さん、デビッドさん、
後列左から、色平さん、青木美由紀さん(当時・東京事務局スタッフ)、本田

私たちの2009年度版日本語初版が完売し、ストックがまったくなくなってしまった今年初め、なんとか、プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)40周年と、シェアの創立35周年の節目に、2015年英語版を新たに監訳して、刊行したいと一念発起しました。2009年版に比べ、大きな内容の変更はないのですが、それでもいくつかの章では、完全な新訳の作成が必要となりました。

時間の制約もあり、東京で勤務し、かねて信頼する、4名の看護師・医師の仲間に参集いただき、編集委員として全面的な協力をいただいて、ようやく7月中の出版に漕ぎつけました。編集委員を含め、一人ひとりのお名前は記しませんが、校正、版下や印刷のたいへんな作業を担ってくださった、素晴らしいプロフェッショナルの方々、シェアの東京事務局にも大きな助けをいただきました。本当にありがとうございます。

さらに、この本はなんと言ってもデビッドさんご本人の、私たちシェアへの励ましの結果としてもあります。ご自身、シャルコー・マリー・トゥース病という遺伝性の筋肉の病気を持ちながら、PHCと地域リハビリテーション(CBR)の世界で、先駆的なお仕事をされてきた、デビッドさんの粘りつよい志には脱帽のほかありません。さらに「権利としての健康」を推し進め、ケアリング・コミュニティを創ろうと長年彼が、メキシコの山村の仲間たちとがんばってきた結果、この本が生まれたのでした。

最近、デビッドさんとメールでやりとりする機会があり、彼が時々使ってきたケアリング・コミュニティ言葉の意味や、彼がこの言葉に託した考え方をお伺いしてみました。

2018年6月29日付の彼からのご返事にはこう書かれています。

「私にとって、真のケアリング・コミュニティ(そこでは、人びとがお互いを大切にし、気づかい合い、共通の善のために協力して働く)を創るお手伝いをする上で基本となる前提条件は、子どもの教育の変革です。学校教育は、競争よりは、協力をもっと大切にするべきです。教育は、子どもたちが、自分たちで観察をし、自分たちで考える力をつけることを助けるべきです。教育は、子どもたちが協力してニーズを分析し、計画し、すべての人たちに共通の福祉のための共同の行動が取れるように、能力形成してあげることが必要なのです。」

“To me one of the most fundamental prerequisites for helping build a genuinely caring community (where people care for and about each other and work jointly for the common good) is the transformation of children’s education. Schooling needs to put much more emphasis on cooperation rather than competition. It needs to help kids make their own observations and think for themselves. And it needs to enable them to jointly analyze needs, and then to plan and take collective action for everyone‘s mutual well-being.”

デビッドさん自身も、その形成に大きく貢献した、 ’Child-to-Child’という考え方は、単なる参加型教育手法にとどまらず、人びとの意識改革から社会変革までを目指したものだったことがわかります。
 
「医者のいないところで」の中でも、私がとくに好きなのは、序章の「村の保健ワーカーへの言葉」という文章です。ケアリングという<わざ>の本質的な意味と、保健ワーカーに求められることを、温かい、サポーテイブな言葉で、さまざまな状況や場面で応用が利くように、懇切に語り尽くしています。保健・医療・福祉に携わるすべての方がたに読んでいただき、日々の仕事で生かしていただきたい、珠玉のメッセージだとおもいます。

改訳にあたっては、用語や表現の中に、今の時代にはそぐわなくなっていたり、差別的な響きを与えるものについて、できるだけ注意して、直しました。数十年前には無意識で使ってきた言葉の中にも、時代の推移とともに、考え直さなければならない表現となる場合も出てくることを、今回の出版を通して改めて学びました。

多くの医療・看護・福祉関係者、また学生さんたちや市民にもぜひ読んでいただきたい本としてお薦めしておきます。英語の原文自体も読みやすいものなので、日本語文と対照することで、英語学習の教材としても、役立つものと思います。

お求めは、シェアのHomepageからお願いいたします。

ケアリング・コミュニティを愛情こめて活写するデビッドさんの絵
- 1960年代末のメキシコのPHCクリニック

共生社会論と西川潤教授の本

ケアリング・コミュニティと似た概念で、近年より体系的に理論化が進んでいるものに共生社会論があります。これについて、日本で最も早くからその重要性に気づき、紹介に努めてきたのが、卓越した開発経済学者として活躍されてきた西川潤先生です。

共生主義の発祥地と言える、フランスではこの言葉は、’Convivialisme’と呼ばれています。「ともに生きるという生き方」くらい意味になるでしょうか。詳しくはサイトをご覧ください。

共生主義や共生社会論を知るには、西川さんの下記の本が役立ちます。理論だけでなく、実際にフランスや日本において、産直運動などの形で、ともに生きる生き方を実践されている個人やグループの活動事例が説得力を持って叙述されています。日本で言うと、藻谷浩介さんらの「里山資本主義」に共通する考え方と言えるのかと、私は思っています。

共生主義宣言(コモンズ刊)
未来への選択(日本経済新聞刊)

3.アルマ・アタ宣言40周年記念のシンポジウム

 そんなわけで、今年、35周年を迎えるシェアも微力ながら、このPHC40周年という節目に、SDGsの21世紀を、どう、みんなでともに生きていくべきなのか、考え、話し合う機会を作りたいと思いました。その意味で、「医者のいないところで」は、PHCを地域で実践し、ケアリング・コミュニティ作りに貢献してきた、重要な仕事と位置づけられます。
 
以下は、ご案内の文章です。

「アルマ・アタ宣言40周年記念シンポジウム誰一人取り残されない地域社会の実現に向けて-PHCからSDGsへの歩みと課題を現場に即して考える」
               
今年9月には、プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)に関するアルマ・アタ宣言が世界に向けて発布されてから40周年を迎えます。健康格差や社会的疎外の問題が厳しさを増す、21世紀のグローバルな状況の中で、PHCとそれが目ざすUHC(普遍的医療保障)の課題は、ますます重みを増しています。2015年から国連加盟193か国の参加と承認を得て、15年間にわたり世界の開発と保健を導くこととなったSDGs(持続可能な開発目標)は、PHCを引き継ぎながら、新しい理想を示す<たいまつ>のような役割を担っています。

しかし、現場の一つひとつの地道な活動とその連携・協力なくしては、この理想の達成を成しえないことも明らかです。SDGsにおける一つのキーワードは「共生社会」です。共生社会論で早くからすぐれた仕事をされ、SDGsへ理論面でも確かな光を当ててくださってきた西川潤教授に基調講演をいただきます。そしてPHCやUHCの分野において内外の各地でがんばってきた人々の活動事例を報告してもらいます。

その後、世界のSDGsの動向に詳しい、アフリカ日本協議会の稲場雅紀さんにファシリテータをしていただき、参加者の方がたと意見交換や対話を交わしたいと思います。私たちが生きる世紀を、より人間的で共生、持続可能なものにしていくための知恵と勇気を、このシンポジウムを通して培いたいと願っています。

詳しい申し込みの仕方は、シェアのホームページからお願いします

なお当日会場で、デビッド・ワーナーさんの「医者のいないところで」2015年版日本語訳の本も販売いたします。
 
シンポジウムのお知らせ
   
それでは、酷暑の折、皆さまのご健康をお祈りし、8月25日にお会いできることを、楽しみにしております。

本田徹
 (2018年8月3日)


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