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Dr.本田徹のひとりごと(47)2013.9.17

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ勉強会に出席して
― ポストMDGsの時代に求められる医療・保健の公平性と持続可能性

2015年にミレニアム開発目標(MDGs)の期間(2000-2015)が終了するのを見据えて、MDGsが達成できたこと、できなかったことをきちんと振り返り、学びや総括を次の時代に生かしていくことが重要になっています。2015年以降、世界の保健の主要な課題や目標をどのように設定し、どのようなコンセンサスを、各国政府、国連機関、世銀・JICAなどの国際援助機関、NGOなどの市民社会組織(CSO)、企業が、共同して作りあげていくべきか、いま大きな議論が沸き起こっています。私たちにとって、他人事でないのは、世界で起きていることは、日本にとっても地続きのことで、健康格差や適切な医療サービスへのアクセスの問題は、この国でも母子家庭、高齢生活困窮者、障害者、ホームレス、在日外国人など多様な人々にとって一層深刻になっています。

ランセット誌など、グローバル・ヘルスを幅広く、深く追い続けている医学雑誌を読む限りでは、ポスト・ミレニアム開発目標時代に重要となる考え方は、保健分野の持続可能な開発を実現していくことで、それを担保するのが、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage: UHC)という鍵概念となります。ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(以後UHCと略)も持続可能な開発も、今更目新しい言葉でもないのですが、しかし改めてWHOなどが、その重要性を強調せざるを得なくなっているところに、現代世界の直面する危機的状況も読み取れます。こうしたポストMDG時代に、日本の市民社会や政府が世界に向けて発信し、提案・実行していくべき課題について、しっかりした視野で、関係者間の橋渡しや議論のまとめ役を担ってくれているのが、アフリカ日本協議会(AJF)の稲場雅紀さんです。今年6月横浜で開かれた第5回アフリカ開発会議(TICAD V)でもそうでしたが、AJFがアドボカシーNGOとして持っている発信力や調整力の高さには、頭が下がります。

さて、9月13日に神田のセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの事務所で、外務省、世銀、日本国際交流センターの方がた、それにいくつかの保健分野のNGOの責任者が集まって、UHCに関する勉強会・情報交換会・意見交換をする場を持ちました。私も、日本の地域医療と国際保健に長年関わってきた人間として、過去の日本のUHCに関わる歴史など振り返りながら、意見を出してほしいと稲場さんから勧められ、参加してきました。
おそるおそる臨んだ会議は、開かれた議論を闊達に交わす場として、とても素晴らしいものでした。それぞれの立ち位置によって、考え方や価値観が異なるのは仕方ないとして、その違いを互いに尊重しながら、日本の国として、グローバル・ヘルスに貢献できることはなにか、いわば ‘Common ground’ (共通の土台)を見出して行こうする姿勢が、参加者皆に明確だったからです。
私にとっては、武見敬三参議院議員が、日本国際交流センターと協力して2007年に始めた、「国際保健の課題と日本の貢献」研究会(2010年からグローバル・ヘルスと人間の安全保障プログラム運営委員会と改称)が、2008年の洞爺湖サミット以降、日本政府の国際保健政策形成の分野で果たしてきた役割の大きさにも改めて気づかされることでした。

なんとランセット誌の最近号(#9896, Sept 14 issue)には、安倍首相による ”Japan’s strategy for global health diplomacy: why it matters”(日本のグローバル・ヘルス外交戦略:なぜそれが大事なのか)と題する格調の高い一文が寄せられ、まさにUHCの実現のために、日本は貢献します、と国際社会に約束(pledge)しています。2020年五輪東京大会への招致演説で福島原発事故は「アンダー・コントロール」だと言い切ったほどには、今のところマスメディアで物議を醸していませんが、この約束の重みは、ある意味で五輪招致演説に勝るとも劣らないものです。国際公約をすることで、そのことが実現するように、みずから追い込んでいくという決意だとすれば、歓迎したいし、がんばっていただきたいと切に思います。

さて、最後に私が行ったコメントですが、世銀や外務省の方々との意見の違いの部分を明確にすることも大切と思い、2つのことを申し上げました。
美濃部東京都知事(当時)による、老人医療の無料化がモラル・ハザードを生んだという世銀の方の評価について。そういう面がなかったとは言えないかもしれないが、一方で、この政策には先行事例があって、岩手県沢内村の深沢晟雄(まさお)村長が、1960年代初頭には65歳以上の老人医療費の無料化や乳幼児医療費の無料化を次々と断行、国民健康保険法の違反だと、厚生省や県から脅かしを受けながら、「そうかもしれないが、日本国憲法に違反したとは思っていません」という名言を残しています。その結果として、乳幼児死亡をゼロにしたという、輝かしい業績についても忘れてはならないことでしょう。

もう一つ、安倍首相のUHC尊重の姿勢と、TPP参加交渉の中で、重要な争点になると思われる、知的所有権の問題への対応が矛盾することにならないか、という懸念点でした。WTO(世界貿易機関)で認められていた、TRIPS協定第8条の例外原則が、途上国での安価なエイズコピー薬などの生産を法的に守り、何百万人というHIV陽性者の健康回復につながった事実です。果たして、TPP参加交渉で、日本は途上国の人々のUHCという重大な健康権益を守るような行動が取れるのか、ランセットの記事の公約に照らして、日本の市民社会組織はきちんと見守っていかねばならないのだと思います。

2013年9月17日

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